「高岡くん、住む場所見つかった?」
 廉介は自身が働く個別指導•集団塾スタンドアップの塾長である月島に呼び止められる。 
月島さんは、大学時代にしていた別の塾で、社員として働いていて、独立してこの塾を八年前に立ち上げた。そして、四年ほど前に、残業終わり街を歩いていたら偶然再会し、一緒に飲むことになり転職したいと言う話をしたら、誘ってくれた。月島さんは、視野が広く、生徒思いで、そして、講師の授業をたまに見学し、フィードバックをし、生徒からも講師からも信頼が厚く慕われている。
 俺も、溜息を漏らしてしまい、それを月島さんに見られてしまい、心配した様子で声をかけてくれた。それで隠すにも隠せなくなり、彼女に振られ、住むあてがなく、ホテルに泊まっていることを正直に打ち明けた。
 すると、月島さんは、「見つかりそうになかったら、家においで」と言ってくれるほど心配してくれていた。さすがに、月島さんは家庭を持っているので甘えられない。でも、住む場所が見つかり迷惑をかけずに済む。
「何とか、見つかりました」
「それは良かった」
「ご迷惑おかけしました」
 頭を深々下げようとした瞬間、月島は話を入れ替える。

「話が変わるんだけど、明日から、昨日を持って産休と育休を取られた町田先生の代わりに担当になってほしい生徒がいるんだけど、お願いできる?」
「町田先生って、個別指導部ですよね」
 廉介は、集団指導部の担当を受け持っていたため、なぜ自分に個別指導部の担当の話が来たのか疑問に思っていた。町田先生は、個別指導部担当であまりお話する機会はなかったが、確か高校の英語の教員免許を持っていて、会うたびに包容力が増している気がしていた。穏やかな雰囲気の中に強い芯があって、周りに流されず年上の人にも物怖じせず発言をしている姿を見て「かっこいい」と心の底から思ったのを思い出した。会って直接話す機会は少なかったが、「町田先生」と耳や目にするだけで、彼女の姿が、電球がパッと点くかのように呼び起こされる。
「うん、教えて欲しい子が受験生だから、しっかりついて教えることができる方がいいから、高岡君適任かなって。あと、個別指導部が、人手不足なのもある」

「分かりました」
 月島さんの頼みだから、断るわけにはいかなかった。急すぎやしないかと思うが。