「廉介……」
 俺の話を聞いて、守は酒で紅潮した頬が、元に戻り、慰めの言葉を必死に頭の中で選んでいる様子だった。すると頼んでいたビールが到着する。
「お待たせいたしました。生二つです」
「ありがとうございます」
 大学生ぐらいのアルバイトの女の子から渡されたジョッキを守が受け取り、廉介の前に置く。
「今日はとことん飲もうぜ! 良い人、そのうち見つかるからさ」
 守は、廉介の背中を二回、励ましの気持ちを込めて強く叩く。
「痛い、守」
「すまん。つい」
「でも、ありがとう」
 廉介は守の肩に手を置き、ジョッキを静かにぶつける。

「じゃあさ、今、どこに住んでいるの?」
「ビジネスホテルに一週間いる」
 結婚前提に同棲していた彼女に振られ、住む場所がなくなった廉介は、職場に近いビジネスホテルに泊まっているところだ。ずっとビジネスホテルにいるわけにはいかない。机に置いたビールのグラスの持ち手に手をかけたまま、溜息をつく。
「そうか。じゃあ、良かったら、お店の二階が空いているから貸すよ。前まで住んでいたんだけど、実は二月終わりに引っ越したんだ。梨乃、妻が今妊娠していて、あの部屋だと子供がまだ小さいうちは大丈夫かもしれないけど、ゆくゆく大きくなったら狭くなるだろうから、子どもが生まれる前に今、梨乃が安定期な時に引っ越したんだ。ちょうど新居も完成したから」
「それはおめでとう」
 住む場所を提供してくれるのは嬉しいはずなのに、何だか複雑……だ。大きな鉄球が心臓にぶつかってきたかのようで苦しい。
浮気現場に遭遇し、別れを切り出され、素直に「分かった」と受け入れた。あの時、解放感に包まれていた。でも、今は虚しさで苛まれている。
 同世代はすでに結婚し、子どもができて、今二人目、三人目が生まれたって報告が増えて、焦ってしまっていたのだと思う。妥協して、生涯のパートナーを選ぼうとしていたのかもしれない。世間から置いてけぼりにされたかのようで、今目の前にあるロープを手放してしまったら、いつロープを掴めるか分からない、だから、必死にしがみついていた。でも、そのロープが千切れかかっているのも気づいて、見て見ぬ振りしていた。いっそうのこと自分が千切ってしまう前に、千切れてくれないかなと思っていた。何て、無責任なんだ。
 でも、目が覚めた。
 俺はこの人のこと愛していない。愛していた瞬間もあったのかもしれない、でも、その愛情は気づかない間に穴からすり抜け、空っぽになってしまった。俺は、振られたことに関しては後悔していない。後悔しているとしたら、俺は妥協して、将来を共に歩む人をあの日選んでしまっていたことだ。周りの結婚ブームに、目が眩んでいて、自分の本心を無理やりに書き換えてしまった。
「ありがとう。で、どうする? お店の二階住む? リビングとちょっとしたキッチン、部屋が二部屋あって、風呂もトイレもある。家具とかは置きっぱなしだけど……家賃二万五千円でどう?」
 破格だ。市内の家賃はどこも高い。守が奥さんと二人で暮らしていたほどだから、十分な広さだ。家具が置いているままだったら、新たに買い足す必要なし。

「お願いします」
「了解! ビール飲みな。温くなるぞ」
 掴んだままにしていて水滴が増えたグラスを持ち上げ、ゴクゴクと喉を潤す。「ぷはーっ」と声を漏らす。一気に飲み切ってしまった。
「すみません。生一つお願いします」
「廉介…」
おいおい、何か嫌な予感がするぞという視線で守は廉介を見つめる。