「萌乃、もう二度と俺とあの子の目の前に現れないでくれ」
「ねぇ、廉介、もう一度、私とやり直さない? 佑二とはもう別れたからさぁ。気づいたんだ。廉介が私にとっての一番星なんだ。ねぇ、私が廉介のことあれやこれと楽しませてあ・げ・るからさぁ。あのガキ捨てて、私の元、戻ってこない?」
 硝子に手を這わせて、ハニートラップを仕掛けるように、粘着的な声で問いかけてくる。
「ごめん。無理」
 廉介は、怒りを相殺させるあまり、無感情のまま、萌乃の言葉をはじく。
「え、何でよ」
 想定外の言葉に、萌乃は、頭が真っ白になる。
「俺は萌乃を幸せにすることはできないし、萌乃といても幸せになれない。俺は萌乃に対して未練一ミリも残っていない。だから、ごめん」
 無感情、無と言う字を頭の中で唱えていないと、再び、怒りが再燃し、前が見えなくなりそうなほど、萌乃がしたことが許せなかった。
「私が悪かったから、もう一度チャンスを、くださぁい」
 萌乃はガラスに手をつき、スーパーで駄々をこねる子供みたく泣きわめく。
「それはできない。俺には君を幸せにできる力を持っていない。もう二度と俺とあの子の前に現れないでくれ。あの子をあんな目に合した君のこと許せない。絶対に。じゃあ」
 最後、怒りが混じって言葉が固くなる。
「あの子が悪いのよ。何で廉介は私の前で見せなかった表情をあの子の前でいとも簡単に見せるのよ。なぜ、廉介だけ幸せそうなんだよ。ずるいよ」
 ドアを閉めた途端、萌乃の泣き声がすぱっと途切れる。