「嶋田優月さんは、階段から突き飛ばされた際、頭部を強く打ち、額の部分を三針縫う怪我を負いました。幸いなことに、頭蓋骨には異常がなく、脳震盪や脳出血の兆候も見られません。あとは、打撲と擦り傷がありましたが、骨折や筋肉の損傷の心配はありませんでした。命に別状はないので安心してください」
優月の状態を、処置した医師が淡々と説明していく。
「ありがとうございます」
助かったとはいえ、身の毛がよだったままで、悪夢でも見ているのではないかと思うが、茫然自失で、椅子に足を引っかけ、躓いて足に痣が出来たのを見て、現実だと今さっき思い知らされたところだった。包帯で至る所を巻かれている優月を見て、心臓を鷲掴みされているかのように痛い、苦しい。医者は、あぁ言ったのに、なのに、なぜ、まだ目が覚めないんだ。
「ユヅ、俺のせいで、またこんな目に……この世界で再会できたのに……また失うのは嫌だ。お願いだから、目を覚まして、ユヅ、ユヅ、ユヅがいなきゃ俺……」
二度も俺が、あの子を……
*
高校二年生の秋だった。次の試合、スタメンを外され、ベンチメンバーになったことに納得がいかず、上の空のまま、ユズを散歩に連れて行った。
「ワンワンワンワン」(廉君、危ない。逃げなきゃ)
「うるさい、ユズ。なぜ引っ張るんだ」
思わず、ユズに当たり散らかしてしまった。
「ワンワン」(後ろ!)
首を後ろに動かす。仕方なく、振り返ると、目が血走った大型犬が走ってくる。可愛いと言われる類じゃなく、番犬としての役割を果たしているかのような犬が、俺たちに的を定め猛スピードで走ってきている。
「何で犬が。ユズ」
俺はユズをすぐさま抱きかかえて必死に逃げる。足には自信があるが、ユズを抱えているせいで、手を振れない。無我夢中なあまり、いつもの散歩コースと違う道に来てしまい、ここがどこか分からない。
行き止まりだ。どうしよう。ユズの目を見ると、「ごめんな」と声が漏れ出る。ユズは、首を横に振り、否定する。そして、ユズが廉介の手から飛び降りる。
ユズが、血眼で襲ってくる大型犬の元に、はだかる。
「ワンワン、ガルガルゥ」(廉君に近づくな、あっち行け)
「危ない。ユズ。逃げて」
ユズを避けて、廉介の足めがけて嚙みつこうとする大型犬。
廉介は足が怯んでしまい、尻もちをついてしまう。覚悟をし、両手を目元にやり、目を瞑る。少しでも恐怖が和らげばいいと思い…あれ…痛くない。恐る恐る目を開ける。視線を下に向けると血まみれのユズが倒れている。
「ユズ、どうして……」
大型犬がユズの首を噛み、血が止まらない。履いていた靴二足を大型犬に投げ飛ばし、靴下のままユズを抱えて逃げる。周りにどう思われたってかまわない。
早くユズを助けなきゃ。
もう、追ってこないだろう。
「ユズ。しっかり、死んじゃだめ……救急車……犬は救急車じゃないか。あぁ、どうすれば。動物病院、お母さんに電話」
冷静な判断ができなくなっている廉介は、深呼吸をして、母に電話する。事情を聞きつけた麻美は晩ご飯の準備を投げ出して、廉介とユズの元に車を飛ばして駆けつける。
「日曜日だから、空いている動物病院が……」
「ユズ、ごめん。俺が気づかなかったせいで」
「クゥーン」
「ユズ、行かないで。お願い。あっ‥‥‥」
俺のこと憎いはずなのに、なぜ、最後、微笑んだの……。俺は、声が枯れるまで、前が涙で見えなくなるまで泣き続けた。ユズが微笑むと、俺まで笑顔になるのに、笑えないよ、悲しいよ、俺が、俺がユズを殺してしまった。
あの日、初めて出会った日、君を守ると誓ったのに、守ることができなかった。
俺の不注意のせいで、俺なんかを庇ったせいで、ユズは……。
「きっと、ユズちゃんは廉のこと守ったんだよ。ユズ、廉介が出るサッカーの試合楽しみにしていたんだと思う。廉介がサッカーの練習頑張っていたの近くで見ていたから、試合に出られなくなってしまわないように、ユズちゃんは身を挺して守った」
「でも、俺スタメン外されて、ベンチに」
「そんなの関係ない。何が起こるか分からない。しっかり準備しておきなさい」
麻美は、弱音を吐く廉介を叱咤する。
ユズが亡くなって、初めて行われた都内の高校が集結した今年で五十二回目の大きなサッカーの試合。俺は、ベンチで、スタメンのメンバーが力を発揮できるように、応援を頑張ることにした。しかし、急遽、スタメンの一人が熱で試合を休むと連絡があり、監督の指示で代わりに出ることになった。俺は、ユズの想いを背負って、今まで以上に必死にコートを駆け回った。そして、一試合目、二点ゴールを決めた。それから、激戦を繰り広げ、準決勝まで進んだ。結果、ベストエイトに残ることができた。俺が通っていた高校のサッカー部にとって、偉業だった。ユズのおかげだ。ユズが足を守ってくれたからだ。
「やったな、廉介」「ナイス!」
先輩や同級生がハイタッチをしてくれるが、素直に喜べなかった。ユズと喜びを分かち合いたかった。
優月の状態を、処置した医師が淡々と説明していく。
「ありがとうございます」
助かったとはいえ、身の毛がよだったままで、悪夢でも見ているのではないかと思うが、茫然自失で、椅子に足を引っかけ、躓いて足に痣が出来たのを見て、現実だと今さっき思い知らされたところだった。包帯で至る所を巻かれている優月を見て、心臓を鷲掴みされているかのように痛い、苦しい。医者は、あぁ言ったのに、なのに、なぜ、まだ目が覚めないんだ。
「ユヅ、俺のせいで、またこんな目に……この世界で再会できたのに……また失うのは嫌だ。お願いだから、目を覚まして、ユヅ、ユヅ、ユヅがいなきゃ俺……」
二度も俺が、あの子を……
*
高校二年生の秋だった。次の試合、スタメンを外され、ベンチメンバーになったことに納得がいかず、上の空のまま、ユズを散歩に連れて行った。
「ワンワンワンワン」(廉君、危ない。逃げなきゃ)
「うるさい、ユズ。なぜ引っ張るんだ」
思わず、ユズに当たり散らかしてしまった。
「ワンワン」(後ろ!)
首を後ろに動かす。仕方なく、振り返ると、目が血走った大型犬が走ってくる。可愛いと言われる類じゃなく、番犬としての役割を果たしているかのような犬が、俺たちに的を定め猛スピードで走ってきている。
「何で犬が。ユズ」
俺はユズをすぐさま抱きかかえて必死に逃げる。足には自信があるが、ユズを抱えているせいで、手を振れない。無我夢中なあまり、いつもの散歩コースと違う道に来てしまい、ここがどこか分からない。
行き止まりだ。どうしよう。ユズの目を見ると、「ごめんな」と声が漏れ出る。ユズは、首を横に振り、否定する。そして、ユズが廉介の手から飛び降りる。
ユズが、血眼で襲ってくる大型犬の元に、はだかる。
「ワンワン、ガルガルゥ」(廉君に近づくな、あっち行け)
「危ない。ユズ。逃げて」
ユズを避けて、廉介の足めがけて嚙みつこうとする大型犬。
廉介は足が怯んでしまい、尻もちをついてしまう。覚悟をし、両手を目元にやり、目を瞑る。少しでも恐怖が和らげばいいと思い…あれ…痛くない。恐る恐る目を開ける。視線を下に向けると血まみれのユズが倒れている。
「ユズ、どうして……」
大型犬がユズの首を噛み、血が止まらない。履いていた靴二足を大型犬に投げ飛ばし、靴下のままユズを抱えて逃げる。周りにどう思われたってかまわない。
早くユズを助けなきゃ。
もう、追ってこないだろう。
「ユズ。しっかり、死んじゃだめ……救急車……犬は救急車じゃないか。あぁ、どうすれば。動物病院、お母さんに電話」
冷静な判断ができなくなっている廉介は、深呼吸をして、母に電話する。事情を聞きつけた麻美は晩ご飯の準備を投げ出して、廉介とユズの元に車を飛ばして駆けつける。
「日曜日だから、空いている動物病院が……」
「ユズ、ごめん。俺が気づかなかったせいで」
「クゥーン」
「ユズ、行かないで。お願い。あっ‥‥‥」
俺のこと憎いはずなのに、なぜ、最後、微笑んだの……。俺は、声が枯れるまで、前が涙で見えなくなるまで泣き続けた。ユズが微笑むと、俺まで笑顔になるのに、笑えないよ、悲しいよ、俺が、俺がユズを殺してしまった。
あの日、初めて出会った日、君を守ると誓ったのに、守ることができなかった。
俺の不注意のせいで、俺なんかを庇ったせいで、ユズは……。
「きっと、ユズちゃんは廉のこと守ったんだよ。ユズ、廉介が出るサッカーの試合楽しみにしていたんだと思う。廉介がサッカーの練習頑張っていたの近くで見ていたから、試合に出られなくなってしまわないように、ユズちゃんは身を挺して守った」
「でも、俺スタメン外されて、ベンチに」
「そんなの関係ない。何が起こるか分からない。しっかり準備しておきなさい」
麻美は、弱音を吐く廉介を叱咤する。
ユズが亡くなって、初めて行われた都内の高校が集結した今年で五十二回目の大きなサッカーの試合。俺は、ベンチで、スタメンのメンバーが力を発揮できるように、応援を頑張ることにした。しかし、急遽、スタメンの一人が熱で試合を休むと連絡があり、監督の指示で代わりに出ることになった。俺は、ユズの想いを背負って、今まで以上に必死にコートを駆け回った。そして、一試合目、二点ゴールを決めた。それから、激戦を繰り広げ、準決勝まで進んだ。結果、ベストエイトに残ることができた。俺が通っていた高校のサッカー部にとって、偉業だった。ユズのおかげだ。ユズが足を守ってくれたからだ。
「やったな、廉介」「ナイス!」
先輩や同級生がハイタッチをしてくれるが、素直に喜べなかった。ユズと喜びを分かち合いたかった。