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 授業で使用する教材をコピーしながら、廉介は穴があくのではないかというほどにボーっと壁を見つめていた。汐里が廉介に話しかける。
「お疲れ様です」
 廉介の肩がビクッと反応し、振り向く。
「満島先生、お疲れ様です」
「驚かせてしまいましたか」
「少し。あと、この前の件なのですが…本当にごめんなさい」
 今は、恋愛をしたいと思える気分ではない。満島先生の告白は嬉しかった。でも、自分のことより、今はユヅが頑張っているから、邪魔したくないし、近くにいる俺が支えなきゃ。俺が恋愛なんかしたら気を散らしてしまう。
「謝らないでください。謝られると傷口に塩塗られている感じがして、痛くなってしまうので」
 廉介の深々した謝罪に汐里は目を見開き、手を必死に振り辞めさせる。
「ごめんなさい。あぁ、また謝ってしまいました」
 やってしまったという苦い表情を浮かべる廉介の顔を見て、汐里は思わず笑みが吹きもぼれる。
「高岡先生らしいですね。でも、気まずいの嫌なので今まで通り、普通に接してくれるとありがたいです」
「分かりました」
「これ、良かったらどうぞ」
 汐里は、コンビニの袋から、冷たい缶コーヒーを出す。
「ありがとうございます。いただきます」
 缶コーヒーを受け取り、筆で点を書くかのように頷く。
「この前の遊園地楽しかったので、優月ちゃんと悠都くん誘ってまたどこか行きません?あの子たちの受験が終わったら、遊園地じゃなくてもいいので、また一緒にどこかに行きたいです」
 汐里は廉介の目を見て言うが、途中で逸らしてしまう。
「はい、もちろん」
 廉介が口角をあげて、頷いたのを見て、汐里は心を撫でおろす。良かった。
 それと同時に、高岡先生の目の奥には、別の誰かが映っているのだと気づいた。他の人が入り込む隙間がないほどに、高岡先生はきっとその子に夢中なんだ…でも、本人はまだその気持ちに気づいていないのかなって。
 人生で初めて告白して、あっけなく玉砕してしまったけど、後悔していない。今回は、この気持ちが霧で覆われて見えなくなる前に伝えれてよかった。高岡先生のこと好きになって良かった。たくさん泣いてしまったけど、大丈夫。一度振られたからって、諦めるんじゃないと叱咤されるかもしれないけど、気づいてしまった。もう入り込む余地なんてないことに。

 ――でも、好きになったこの人が、自分の気持ちに気づけますように。