🐾
「おぉ、廉介。おかえり」
居酒屋花火のドアを開けた瞬間、良いにおいが鼻腔を突き抜ける。毎回思う。空腹にとどめをかける料理たちが放つかおりにKOさる状態になる。
「ただいま」
疲労感漂う溜息を吐きながら、ドアを閉める。
「今日さ、優月ちゃんの様子がいつもとおかしくて」
「えっ⁉」
守の言葉に、KOから態勢を立て直す。七カウントぐらいで立ち上がる。危ない、危ない。今は、空腹でどうにかなりそうなのは関係ない。ユヅが心配だ。
気づいたら廉介は、いつもより早く階段を駆け上っていた。
「ただいま」
いつもは「おかえり」って返してくれるのに、返ってこない。もしかして倒れているとか…嫌な想像で背中に氷を入れられたかのようにヒヤッとなる。目を動かし探していると、優月の後ろ姿を捉える。
はぁ…良かった。リビングで勉強しているみたいだ。
「ただいま」
もう一度声をかけるが反応しない。えっ⁉
「ユヅ」
廉介は、優月の肩を優しく叩く。
「ふえっ。あっ、おかえり」
静電気が走ったかのような反応を見せ、廉介の顔を見るとすぐにいつも通りに戻る。
「た、ただいま。大丈夫? どこか体調悪い?」
廉介は優月の前に座り込み、優月の額に右手を置く。そして、左手を自身の額に置いて、優月の体温を比べる。
「熱はなさそうかな」
ユヅの顔がふわっと赤くなり、思わず目を見開き、俯いてしまう。
「大丈夫。ごめん。少し疲れただけだと思うから」
「そうか。早く寝るんだぞ。顔は赤いみたいだから」
最近、寝るのが遅かったみたいだから、疲れがたまってしまったのもあると思う。朝夜は涼しく過ごしやすくなったが、まだ日中は、汗ばむほど暑いから、疲れが溜まってしまったのかなと思った。
「うん。寝る」
あんなことされたら、顔赤くならない方がおかしいじゃんと優月は心の中で思う。
「廉介、お疲れ。はい、ビール」
「おぉ。ありがと」
守から、ビールが入ったジョッキを受け取り、机の上に置く。
「優月ちゃん、大丈夫そうだった?」
「体調が悪いとかではなさそう」
「それなら良かった」
「もしかして、誰かに告白されたとかじゃない?」
突如、梨乃が口を出す。未光は、仕事の間だけ、実家に預けることにしたらしく、お店に顔を出すことが増えた。
「廉介、心当たりあるのか?」
守が、目を見開き、問いかける。
「声かけても上の空状態だったし」
「でも、優月は断る気がする」
梨乃が腕を軽く組みながら、廉介と守に真剣味をおびた表情と声を浮かべる。
「え、どうして?」
守が目を見開き、前のめりに聞く。梨乃の表情が少し曇り、瞬きを一回して語り始める準備を整える。
「優月ね。小学校低学年ぐらいの時にもクラスメイトから告白されたことあって、OKしようとしていたんだけどね…ドッキリでしたーって、冷やかされて、ショックを受けたことがあった。あれ以来、優月の口から恋愛の話聞かなくなった」
「何、その男子。ひど。女の子の気持ちをそんな軽く扱うなんて」
守は、優月を傷つけた男の子を想像して、頭の中で勝手に怒りをぶつける。
「そして、異性と関わるのが苦手になった。だから、中学は女子校を選んだ。高校は、共学を選んだみたいだったけど」
「優月ちゃん、最初、話しかけても目逸らしてばっかりだった。近づいても、猫が敵を威嚇するかのようなポーズをとっていて、俺、嫌われているのかなって思っていたけど、そうだったんだ」
会った当初のことを思い出して、守は肩を落とす。
「完全に異性克服したわけではないけど、あの時に比べて、かなり良くなったんじゃないんかな…だってさ、廉介くんと一つ屋根の下、暮らしているんだよ」
「確かに、優月ちゃん、大変なりに頑張ったんだね。で、これと暮らしているって、すごいことだよ。プロサッカー選手がゴールに向かって蹴っているボールをサッカーボールを数回しか触ったことがない初心者が奪うぐらいの快挙だよ」
「ちょ…守…」
でも、あながち間違ってないかも…しれない。ユヅに、そういう過去があって、男の人が苦手で、恋愛を避けていたのだって知って、何だか胸が抓られたかのように痛い。初めて、塾の教室で会った時、不安そうにしていたのを思い出す。学校では複数いて、異性と接するのだから、まだ気が楽かもしれないが、塾では狭い教室で一対一。それから、一緒に過ごすことになって、怖かっただろう、記憶が戻るまでは特に。ただでさえ、集団指導を持っている時は、俺が来たら、うるさかった教室の空気が変わり、密かに恐れられているこんなのが…いきなり前に現れたら、ユヅも不安だっただろう。
「それ以来、恋愛することを恐れているんだ
と思う。その過去のせいでもあるのかなと思うけど、優月は受験生だから、恋愛より受験勉強を取ると思う」
梨乃が、優月がいる二階に視線を送り、口を結ぶ。
「まぁ、優月ちゃんが決めることだから、俺たち外野がどうこういう問題じゃないんだよな」
「そうだよね。でも、優月が恋愛を心から楽しんでくれる日がいつかは来て欲しいな」
守の言葉を受けて、梨乃は優月への気持ちを吐露する。
「だな。優月ちゃん、どういうタイプの人を選ぶのかな。楽しみだな。俺達にも紹介してくれるかな」
そんな二人の様子を見て、少しぬるくなったビールをゴクリと飲む。
昔のユズをよく知っているのはこの俺なのに、今のあの子を知っているのはこの二人何だよな…まだ知り合って一年も経っていない俺は、知らないことばかりだ。二人に対し、不覚にも嫉妬の炎が揺れてしまう。
ユヅの過去を知って、なぜだか胸が痛くなった。前世で、自由に恋愛できなかった分、今世ではうんと恋愛してほしい。俺みたいに浮気されて傷つくような恋愛はしてほしくない。もう苦しい思いはしてほしくない。ユヅには、笑っていて欲しい。ユヅが生涯を共にしたいと思える人が現れますように。
俺は、それまで、ユヅのことを側で見守ろうと心の中で誓った。
「おぉ、廉介。おかえり」
居酒屋花火のドアを開けた瞬間、良いにおいが鼻腔を突き抜ける。毎回思う。空腹にとどめをかける料理たちが放つかおりにKOさる状態になる。
「ただいま」
疲労感漂う溜息を吐きながら、ドアを閉める。
「今日さ、優月ちゃんの様子がいつもとおかしくて」
「えっ⁉」
守の言葉に、KOから態勢を立て直す。七カウントぐらいで立ち上がる。危ない、危ない。今は、空腹でどうにかなりそうなのは関係ない。ユヅが心配だ。
気づいたら廉介は、いつもより早く階段を駆け上っていた。
「ただいま」
いつもは「おかえり」って返してくれるのに、返ってこない。もしかして倒れているとか…嫌な想像で背中に氷を入れられたかのようにヒヤッとなる。目を動かし探していると、優月の後ろ姿を捉える。
はぁ…良かった。リビングで勉強しているみたいだ。
「ただいま」
もう一度声をかけるが反応しない。えっ⁉
「ユヅ」
廉介は、優月の肩を優しく叩く。
「ふえっ。あっ、おかえり」
静電気が走ったかのような反応を見せ、廉介の顔を見るとすぐにいつも通りに戻る。
「た、ただいま。大丈夫? どこか体調悪い?」
廉介は優月の前に座り込み、優月の額に右手を置く。そして、左手を自身の額に置いて、優月の体温を比べる。
「熱はなさそうかな」
ユヅの顔がふわっと赤くなり、思わず目を見開き、俯いてしまう。
「大丈夫。ごめん。少し疲れただけだと思うから」
「そうか。早く寝るんだぞ。顔は赤いみたいだから」
最近、寝るのが遅かったみたいだから、疲れがたまってしまったのもあると思う。朝夜は涼しく過ごしやすくなったが、まだ日中は、汗ばむほど暑いから、疲れが溜まってしまったのかなと思った。
「うん。寝る」
あんなことされたら、顔赤くならない方がおかしいじゃんと優月は心の中で思う。
「廉介、お疲れ。はい、ビール」
「おぉ。ありがと」
守から、ビールが入ったジョッキを受け取り、机の上に置く。
「優月ちゃん、大丈夫そうだった?」
「体調が悪いとかではなさそう」
「それなら良かった」
「もしかして、誰かに告白されたとかじゃない?」
突如、梨乃が口を出す。未光は、仕事の間だけ、実家に預けることにしたらしく、お店に顔を出すことが増えた。
「廉介、心当たりあるのか?」
守が、目を見開き、問いかける。
「声かけても上の空状態だったし」
「でも、優月は断る気がする」
梨乃が腕を軽く組みながら、廉介と守に真剣味をおびた表情と声を浮かべる。
「え、どうして?」
守が目を見開き、前のめりに聞く。梨乃の表情が少し曇り、瞬きを一回して語り始める準備を整える。
「優月ね。小学校低学年ぐらいの時にもクラスメイトから告白されたことあって、OKしようとしていたんだけどね…ドッキリでしたーって、冷やかされて、ショックを受けたことがあった。あれ以来、優月の口から恋愛の話聞かなくなった」
「何、その男子。ひど。女の子の気持ちをそんな軽く扱うなんて」
守は、優月を傷つけた男の子を想像して、頭の中で勝手に怒りをぶつける。
「そして、異性と関わるのが苦手になった。だから、中学は女子校を選んだ。高校は、共学を選んだみたいだったけど」
「優月ちゃん、最初、話しかけても目逸らしてばっかりだった。近づいても、猫が敵を威嚇するかのようなポーズをとっていて、俺、嫌われているのかなって思っていたけど、そうだったんだ」
会った当初のことを思い出して、守は肩を落とす。
「完全に異性克服したわけではないけど、あの時に比べて、かなり良くなったんじゃないんかな…だってさ、廉介くんと一つ屋根の下、暮らしているんだよ」
「確かに、優月ちゃん、大変なりに頑張ったんだね。で、これと暮らしているって、すごいことだよ。プロサッカー選手がゴールに向かって蹴っているボールをサッカーボールを数回しか触ったことがない初心者が奪うぐらいの快挙だよ」
「ちょ…守…」
でも、あながち間違ってないかも…しれない。ユヅに、そういう過去があって、男の人が苦手で、恋愛を避けていたのだって知って、何だか胸が抓られたかのように痛い。初めて、塾の教室で会った時、不安そうにしていたのを思い出す。学校では複数いて、異性と接するのだから、まだ気が楽かもしれないが、塾では狭い教室で一対一。それから、一緒に過ごすことになって、怖かっただろう、記憶が戻るまでは特に。ただでさえ、集団指導を持っている時は、俺が来たら、うるさかった教室の空気が変わり、密かに恐れられているこんなのが…いきなり前に現れたら、ユヅも不安だっただろう。
「それ以来、恋愛することを恐れているんだ
と思う。その過去のせいでもあるのかなと思うけど、優月は受験生だから、恋愛より受験勉強を取ると思う」
梨乃が、優月がいる二階に視線を送り、口を結ぶ。
「まぁ、優月ちゃんが決めることだから、俺たち外野がどうこういう問題じゃないんだよな」
「そうだよね。でも、優月が恋愛を心から楽しんでくれる日がいつかは来て欲しいな」
守の言葉を受けて、梨乃は優月への気持ちを吐露する。
「だな。優月ちゃん、どういうタイプの人を選ぶのかな。楽しみだな。俺達にも紹介してくれるかな」
そんな二人の様子を見て、少しぬるくなったビールをゴクリと飲む。
昔のユズをよく知っているのはこの俺なのに、今のあの子を知っているのはこの二人何だよな…まだ知り合って一年も経っていない俺は、知らないことばかりだ。二人に対し、不覚にも嫉妬の炎が揺れてしまう。
ユヅの過去を知って、なぜだか胸が痛くなった。前世で、自由に恋愛できなかった分、今世ではうんと恋愛してほしい。俺みたいに浮気されて傷つくような恋愛はしてほしくない。もう苦しい思いはしてほしくない。ユヅには、笑っていて欲しい。ユヅが生涯を共にしたいと思える人が現れますように。
俺は、それまで、ユヅのことを側で見守ろうと心の中で誓った。