汐里は、帰宅後、すぐさまベッドに直行する。
はぁ……疲れた。
手と足を広げ、大の字になり、解放感に浸る。
――我慢しすぎると辛くなる。
まさか、生徒にあぁ言われるとは…悠都くん、かっこいいから恋愛経験多そう…
はぁ…溜息が空気を重くする。まるで、恋愛の神様のような貫禄が滲みでてたな。私より、七個も年下なのに。確かに、悠都くんの言葉通りだ。「好き」という気持ちが、どんどん溢れていく。コップからはみ出してしまった水のようだ。蛇口を止めなきゃいけないのは、分かっているのに、手が動かず、溢れている水をただ傍観しているだけの状態。このままだと、またあの時みたいに「好き」が「辛い」「しんどい」に書き換えられてしまう。
「俺、高校の時、満島のこと好きだったんだよね。告白しようと思ったんだけど、香帆が汐里は恋愛に興味がないっていうもんだから、告白するのをあきらめてしまった」
この前、招待された結婚式で言われた言葉。本当は行きたくなかったが、仲の良い友達が行くからと言って、重い腰をあげてあの日は行くことにした。行かなかったら行かなかったで、悪口言われそうだったし、しかたなく……。
「そうだったんだね」
「もう、八年経ったし、時効かなと思って。このこと香帆には内緒ね」
「結婚おめでとう。お幸せにね」
思わず顔が引きつってしまった。接着剤で固められたかのような気分に、頭の中が真っ白に埋め尽くされていった。私も、篠崎くんのこと好きだった。恋愛に興味がないというわけではなかった。篠崎くんのことを好きになったのは、悠都くん、優月ちゃんと同じ受験生の時で、クラスは違うけど、受験対策授業で席が隣になって、篠崎くんから話しかけてきてくれたのが仲良くなったきっかけだった。学部は違うけど、同じ志望校だと知り、学校で一緒に勉強することが増えた。好きという感情に蓋をして、受験が終わったら告白しようと思った。
「篠崎くん。私合格したよ」
合格が分かり、迷わず、篠崎くんの連絡先を押し、電話をかけた。
「俺も、合格してた」
良かった…告白の言葉はもうすでに用意できている。
「それじゃあ、同じ大学…」
「いや、他の大学に行くことにした。あと、彼女と同じ大学行きたくて。そういうことで。満島、合格おめでとう」
階段から突き落とされたかのような気分だった。
「うん、ありがとう。じゃあ」
え、彼女…いつの間に…
「バイバーイ」
交換した連絡先もその日以来、触れることはなかった。好きという気持ちを、受験という理由で後回しにしないで、早く伝えておけば、変わっていたのかもしれない。
大学生になり、篠崎くんが、香帆と手を組んで歩いている場面に遭遇した。すぐ気づき、逃げようとしたら、香帆と目が合い、ニヤニヤしながら近づいてくる。金縛りにあったかのように体が動かなかった。
「あれー? 汐里―。元気?」
「あ、うん」
「久しぶり。大学生活どう?」
「楽しいよ」
「そう、私たちも楽しいよね」
「香帆がいるから倍楽しいや」
「もう、健くんったら」
目の前でイチャイチャを見せつけられる。まるで、噛んだガムを、なすぐりつけられているような不快感を覚える。早くこの場から逃げたい。
「私たち、これから、夜景がきれいなレストランでディナーだから」
「あ、じゃあね」
通り過ぎていく二人の後ろ姿を見て、香帆が振り返り、見下した目を向け冷笑する。彼女の不敵な笑みに、思わず背筋が凍ってしまった。香帆だったんだ。やっぱり……
嫌な記憶を思い出してしまった。過去は過去。もう過ぎ去ってしまったものは、どうにもできない。四季みたいに巡ってくるものじゃなくて、一直線に通り過ぎていくものだから。悔いてもどうにもできない。
汐里は体を起こす。
よし、頑張るか。思っているだけでは辛いまま、言葉にしなきゃ、よし、頑張ろう。明日、授業が終わってから、伝えよう。
はぁ……疲れた。
手と足を広げ、大の字になり、解放感に浸る。
――我慢しすぎると辛くなる。
まさか、生徒にあぁ言われるとは…悠都くん、かっこいいから恋愛経験多そう…
はぁ…溜息が空気を重くする。まるで、恋愛の神様のような貫禄が滲みでてたな。私より、七個も年下なのに。確かに、悠都くんの言葉通りだ。「好き」という気持ちが、どんどん溢れていく。コップからはみ出してしまった水のようだ。蛇口を止めなきゃいけないのは、分かっているのに、手が動かず、溢れている水をただ傍観しているだけの状態。このままだと、またあの時みたいに「好き」が「辛い」「しんどい」に書き換えられてしまう。
「俺、高校の時、満島のこと好きだったんだよね。告白しようと思ったんだけど、香帆が汐里は恋愛に興味がないっていうもんだから、告白するのをあきらめてしまった」
この前、招待された結婚式で言われた言葉。本当は行きたくなかったが、仲の良い友達が行くからと言って、重い腰をあげてあの日は行くことにした。行かなかったら行かなかったで、悪口言われそうだったし、しかたなく……。
「そうだったんだね」
「もう、八年経ったし、時効かなと思って。このこと香帆には内緒ね」
「結婚おめでとう。お幸せにね」
思わず顔が引きつってしまった。接着剤で固められたかのような気分に、頭の中が真っ白に埋め尽くされていった。私も、篠崎くんのこと好きだった。恋愛に興味がないというわけではなかった。篠崎くんのことを好きになったのは、悠都くん、優月ちゃんと同じ受験生の時で、クラスは違うけど、受験対策授業で席が隣になって、篠崎くんから話しかけてきてくれたのが仲良くなったきっかけだった。学部は違うけど、同じ志望校だと知り、学校で一緒に勉強することが増えた。好きという感情に蓋をして、受験が終わったら告白しようと思った。
「篠崎くん。私合格したよ」
合格が分かり、迷わず、篠崎くんの連絡先を押し、電話をかけた。
「俺も、合格してた」
良かった…告白の言葉はもうすでに用意できている。
「それじゃあ、同じ大学…」
「いや、他の大学に行くことにした。あと、彼女と同じ大学行きたくて。そういうことで。満島、合格おめでとう」
階段から突き落とされたかのような気分だった。
「うん、ありがとう。じゃあ」
え、彼女…いつの間に…
「バイバーイ」
交換した連絡先もその日以来、触れることはなかった。好きという気持ちを、受験という理由で後回しにしないで、早く伝えておけば、変わっていたのかもしれない。
大学生になり、篠崎くんが、香帆と手を組んで歩いている場面に遭遇した。すぐ気づき、逃げようとしたら、香帆と目が合い、ニヤニヤしながら近づいてくる。金縛りにあったかのように体が動かなかった。
「あれー? 汐里―。元気?」
「あ、うん」
「久しぶり。大学生活どう?」
「楽しいよ」
「そう、私たちも楽しいよね」
「香帆がいるから倍楽しいや」
「もう、健くんったら」
目の前でイチャイチャを見せつけられる。まるで、噛んだガムを、なすぐりつけられているような不快感を覚える。早くこの場から逃げたい。
「私たち、これから、夜景がきれいなレストランでディナーだから」
「あ、じゃあね」
通り過ぎていく二人の後ろ姿を見て、香帆が振り返り、見下した目を向け冷笑する。彼女の不敵な笑みに、思わず背筋が凍ってしまった。香帆だったんだ。やっぱり……
嫌な記憶を思い出してしまった。過去は過去。もう過ぎ去ってしまったものは、どうにもできない。四季みたいに巡ってくるものじゃなくて、一直線に通り過ぎていくものだから。悔いてもどうにもできない。
汐里は体を起こす。
よし、頑張るか。思っているだけでは辛いまま、言葉にしなきゃ、よし、頑張ろう。明日、授業が終わってから、伝えよう。