「おかえり」
 守が焼き鳥を炭火で焼きながら、顔を覗かせる。
「ただいま」
 優月と廉介が答える。
「もうご飯出来るから、すぐ降りてきな。今日は、煮込みハンバーグだよ」
「やったー」
「ユヅは、何でも素直に喜ぶな」
「あっ…うん」
「でも、守のごはん美味しいよな。ユヅの気持ちも分からなくない」
「嬉しいよ、優月ちゃん。いつも、美味しそうに食べてくれるから。作り甲斐ある」
「守くんのごはん美味しい」
「嬉しすぎて優月ちゃんのこと抱きしめたい」
「ちょっと守」
 廉介は、優月の前に手を出し、阻止しようとする。
「冗談だよ」
「守くん、優月に手を出したら」
 梨乃まで優月を守ろうとする。
「荷物置きに行こ!」
 荷物を置きに階段に向かおうとする二人をお店に来ていた客の一人が引き留める。
「あ、やっぱり。お疲れ様です」
 振り返ると、その声の主が汐里だということに気づく。
「聞き覚えのある声がすると思ったら、高岡先生と優月ちゃん」
 塾は、月曜日から金曜日、テスト前や模試の日は土曜日も塾はやっているが、この日、汐里は休みを取っていた。
「お疲れ様です」
 廉介は、いかにも気まずそうな顔をしている。生徒と教師が塾以外にいるのを見られてしまい、何と弁明しようか廉介は、頭を回転させる。守が二人のやり取りを見つめ、優月に「知り合い?」と聞く。優月から汐里が塾の先生だと話を聞き、守が汐里に説明する。
「優月ちゃんは私の妻の姪っ子で、両親が海外赴任中なので代わりに預かっていて、二階に住んでいるんです。廉介、そいつは、俺の友達で同棲していた彼女に婚約破棄されて、住む場所を貸しているんです」
 おいおい正直にしゃべりすぎだろ、守……
 確かにその通りだけどさ。もう少しオブラートに包み込んでくれよ。満島先生、目が点になっているじゃないか。何か取り繕う言葉を用意しないと、と思っていると、満島先生が口を開く。
「じゃあ、二人は一緒に住んでいるっていうことですか」
 汐里は素朴な疑問をぶつける。
「はい、まぁ、廉介が優月ちゃんに手、出すことはないんで。学生時代からの付き合いの俺が保証します。だよな、廉介」
 廉介に流れ弾が飛ぶ。
「もちろん」
「満島先生、このことは……でお願いします」
 廉介は自分の口元に人差し指を持っていき、どうか口外するのは辞めてほしいとお願いする。
 まさか、職場の同僚と遭遇するなんて。しかもユヅと一緒にいるのを見られてしまうと思わなかったから、心臓が一瞬止まった。

 階段を上がりながら、廉介は口を開く。
「口止めしたから大丈夫、大丈夫だと思う」
「ごめん……」
 優月が申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「え、どうした?」
「実は、石橋くんにこの前の……ハグ?」
「ハグ? あっ」
 聞き間違いだと思い、繰り返し言ってみる。すると、優月が頬をわずかに赤らめ、静かに頷き口を開く。
「見られていて、高岡先生とどういう関係なの? って聞かれた」
「えっ」
 初耳だ。
「でも、一緒に住んでいることは言っていないから安心してください」
「ユヅは何にも悪くないから」