七月に突入し、今年一番の真夏日が訪れる。朝から強烈な日差しが降り注ぎ、空は青一色に広がっている。早朝にもかかわらず、空気はすでに熱を帯びていて、ほんの少し外に出ただけで額に汗が滲む。セミが共鳴し、ファンファーレのようにまるで夏の始まりを告げるかのようだ。風はほとんどなく、庭の木々はじっと動かずに立っている。太陽はまだ昇り始めたばかりだが、その光は地面を熱し、アスファルトからはかすかな揺らめきが立ち上っている。朝の空気は湿り気を含み、これから訪れる一日の暑さを予感させる
「今日、暑いな」
 手をうちわのようにしながら、廉介は空を仰ぐ。
「暑い。溶けそう」
「忘れ物ない?」
 カバンを開き、優月は簡単に確認する。
「うん」
「そうか、じゃあ球技大会、頑張って」
「うん」
「暑いから熱中症に気をつけて」
「うん、ありがとう! 廉くんも気をつけて」
「おぉ。いってらっしゃい」
「行ってきます」

 優月のクラスである三年一組の女子のバレーの試合が行われている。対戦相手は、三年三組。三組も噂によると、バレー部が一組と同じく三人と経験者がいるらしく接戦になるだろうと言われていた。バレー部の桃那が出ているため、陽菜乃と一緒に応援に駆け付けた。優月と陽菜乃はサッカーを選び、一年相手に二勝した。
 あまりの暑さのため、一階の教室だけクーラーをつけたままにしている。そして、休憩を挟みながら、球技大会が開催されている。熱中症対策で、給水所が五カ所、巨大扇風機も至る所に設置されていて、放送で水分補給や涼しい所での休憩を呼び掛けているのに毎年必ず誰かが熱中症になり、病院に運ばれている。
「桃那、頑張れ!」
「三年一組、ゴーゴー! レッツゴー!」
 陽菜乃と優月は、クラスメイトともに応援を頑張っていた。
 そして、試合が終わった。想像以上に、熱い試合で、三セットマッチで、二対一で勝利を治めた。
「お疲れ! 桃那、かっこよかった」
 優月は、桃那にハイタッチする。
「ありがと! 飲み物、自販機で買って来ようかなと思うんだけど、優月も来る?」
 桃那が優月に聞く。
「私はまだあるから大丈夫!」
「陽菜乃は?」
「買いに行こうかな。ちょうどなくなったし」
「じゃあ、なるべく早く戻って来るから待ってて」
「分かった!」
 隣のコートでやっている別のクラスのバレーの試合を見て、二人が戻ってくるのを、体操座りのまま待つことにした。
「お疲れ!」
 声がする方に視線を移す。
「あ、石橋くん!」
 タオルを首に巻き、右手に大きい水筒を持ち、優月の元に現れる。
「横いい?」
 二人が帰ってくるから、どうしようと思いつつも、長居しないだろうと思い、右隣に置いていたタオルと水筒を手に抱える。
「うん」
「ありがと」
 悠都が隣に座る。
「今日暑いね」
「そうだな」
 何て会話をすればいいんだろう。学校で男子と一対一で話すの慣れていないから、言葉がポンと出てこない。緊張する。
「あのさ、単刀直入に聞くんだけど、嶋田と高岡先生ってどういう関係なの?」
 えっ…悠都の言葉に、優月は、目を丸くする。
「前に、学校帰りにハ、ハグしているの見たし、塾でも高岡先生、嶋田のこと名前で何回か呼んでいたし」
 ハグ? 記憶を辿ると、あ…家出した私を迎えに来てくれたあの日だ。目をキョロキョロさせる。軽く混乱に陥る。誰かに助けを求めたい…よ。
「あぁ、えっと。親戚……なんだ」
 咄嗟に出てきたのが、「親戚」だった。これ以上水気がない所まで、雑巾を絞りきり何とか捻りだしたけど、絶対にこれじゃない。
「あぁ、なるほどね」
 悠都は優月の言葉受けて納得しているようだった。
 良かった、良くない。嘘をついてしまった、つくしかなかった。「前世の飼い主」とか他人の前で安易に言えない。頭おかしい人認定されてしまう。
「悠都、もうすぐ試合始まるって」
 クラスメイトの男子が悠都を呼びにくる。
「分かったわ――。じゃあな」
「試合頑張って!」
「おぉ」
 ニヤニヤしている桃那と陽菜乃と目が合う。二人の視線の熱い…気がする。いや、気のせいかも。
「優月! 石橋くんと何話していたの?」
 桃那が、悠都がさっきまで座っていた場所に座り、優月の肩に手を当て、ふふんという顔で見つめる。
「珍しいよね。優月が男子と話しているの」
 陽菜乃が優月の左横に座り、顎に手を当てて、桃那と同じ表情を浮かべ、優月に問いかける。
「同じ塾で、今、一緒に授業受けているんだ。石橋君の担当の先生が新しく入って来たばかりで、私を教えてくれている担当の先生と研修が終わるまで一緒に受けているんだ。だからその話してた」
 かなり話を嘘で脚色してしまった。ごめん、二人とも。
「え、そうなん?」「ふーん」
「うん」
 穴があきそうなくらいに、優月を見つめる陽菜乃と桃那に、体が竦んでしまう。
「いや、本当に何もないよ」
 陽菜乃と桃那の「ふーん」が重なる。