家帰って、塾の復習をしようと思ったのに、なぜ、私は占いの館にいるの…。
 私の目の前には、顔から溢れんばかりの笑顔を絶やしている陽菜乃と桃那がいる。いや、行かないよ。

「学校終わった。帰ろ」
「優月! 今日、塾ないよね」
「ない…けど」
 桃那と陽菜乃は「よしっ」と声を合わせ優月の両腕をホールドする。

「優月、そんな目で見ないでよ」
 気づいたら、優月は、「占いの館紅」という看板前にいる。
「だってさ、二人が無理やり」
 戦犯の桃那と陽菜乃を交互に睨む。
「まぁ、後で、アイスクリームおごるからさ」
 桃那が、不機嫌になった小さい子供の機嫌を取るお母さんのように優月に言う。
「わかった。あくまでも私は、二人の付き添いだからね」
 優月は、二人の気持ちを仕方なく汲み取ることにした。
「はい、はい」
「じゃあ、入るよ」
「いらっしゃいませ」
 誰かの声と共に、占いの館の扉が開き、三人は足を踏み入れる。

 占い師は小さな部屋の一角に座り、薄暗い灯りの中で影が揺れている。
「こんにちは」と入ると、ストールを被り、目以外覆われ、ゆるく巻かれていたロングヘアの女性が、「いらっしゃい」と声を返す。 彼女の身に纏われた紫色のストールは、柔らかなシルクで織られ、春の淡い色合いを纏っていた。その紫色は、深い青みを帯びたアマシャ色で、微かに光を反射している。
 顔の輪郭は柔らかく、年齢を感じさせないような特徴があった。瞳は深い茶色で、静かな洞察力を感じさせる。彼女の手には小さな銀の指輪が輝く。

「あたっている!」
 陽菜乃と桃那がはしゃぐ中、優月は占いの館の内部を赤いベロア素材でできた椅子に座り、二人とは真逆の落ち着いた雰囲気で眺める。彼女は絵画や置かれている本を見つつ、時間をつぶしていた。

「ありがとうございました」
 占いの館を後にしようとすると、占い師が優月に声をかけた。
「最後に」
 占い師の声が、そよ風のように優しく部屋に響き渡る。優月のことをジーっと見ている。しかし、優月は最初から興味がなかったので断る。
「私は大丈夫です。二人の付き添いなので」
「じゃあ、これだけ、お嬢さん、お嬢さんの前世‥‥‥犬と出ています」
「えっ?」
「恐らく犬種は、チワワかな? そして、近日中に、あなたの前世の飼い主が、あなたの目の前に現れるでしょう」
「あ、はい」
 優月は、占い師の言葉に骨を抜かれてしまったかのように、言葉を失う。何て答えればいいのか分からず、便利な「はい」を持ち出す。
 
「当たっていたねー」
 占いの館を出ると、陽菜乃は背伸びをしながら、桃那と顔を合わせ、陽菜乃はそっと呟いた。
夕方の日差しが柔らかくなり、街は少しずつ日没に向かっていた。空気は静かで、薄暗くなり街路灯が少しずつ明かりを灯し始めている。
「優月もちゃんと占ってもらえば良かったのに」
 桃那が、覆水盆に返らずのことわざみたいに、一度失ったチャンスは二度と取り戻せないよみたいな眼差しで見てくる。確かに、期間限定で、ちょうど今日までが千円で、明日から、通常料金三千円に戻ると聞くと、占ってもらった方が良かったのかもしれない。だけども、占い、そこまで信じていないから、正直言うと、痛くもかゆくもなかった。
でも、最後のあの言葉が引っ掛かっている。
「占いって、人生のアドバイスにはなるけど、自分が望む未来を手に入れるのは、自分の手でしかできない。もし良くないって出ても、それが当たるとは限らないし、そうならないためには、どうすればいいか、どうあがくかが大切。占いで良かったとしても、自分の行いや言動次第では、未来が悪い方へと流れるかもしれないし」
「よ! 優月の名言が飛び出ました――」
 陽菜乃が目を見開き、「よ! 日本一!」みたいな聞き馴染みのあるリズムでまくしたてる。
「でも、優月の前世、チワワってかわいいなと思った。元の飼い主に出会うって運命的じゃん! 何か、いいな」
 桃那が、羨ましそうな目を向ける。
「前世、何だったか意外と気になるよね。聞けばよかったな…今日の占いで」
 陽菜乃が後悔混じりの声で問いかける。
「私も」
 桃那も陽菜乃の後悔が伝染する。
 そんな後悔をしている二人を優月は見つめながら、さっきの占いの館でのことを一人振り返る。
 今日の占い、胡散臭いのかなと正直思っていたけど、陽菜乃と桃那の占い結果を聞いてあったているところが多かったし、核心ついていて、占いへの考え方が少し…だけ変わった。でも、私は占いを完全に信じる気にはなれなかった。やっぱり、自分の運命は自分で乗り越えないといけないから。