廉介と優月が一緒に暮らし始めて、一週間が経った。廉介は、窓を開けて、外を眺めると、一面が灰色の雲で覆いつくされていた。今にも雨が降り出しそうだ。
　優月はガラス越しから、空の色を見つめて、沈んだ表情を浮かる。そして、カーテンを閉める。
　廉介は、背伸びをして、血の巡りをよくする。ようやく安心して寝れるようになった。不安や緊張がこの一週間でだいぶ溶けた。これからも、この生活を続けていけそうだと思っていた。喉が渇いたから、水を飲みに部屋を出る。
「おはよう。どうしたの？」
　スーツケースを右手に持ち、リュックサックを背負い、こっそり家を出ようとする優月の姿が視界に入り、廉介は、石膏で固められたかのように固まる。
「起こしてしまい、ごめんなさい。私、梨乃ちゃんと守くんの所行くことにしました。短い間でしたが、お世話になりました」
　笑顔を必死に纏い、言葉を絞り出す。その一方で本音を押し殺す優月。
「俺、何かしてしまった？　嶋田さんに」
　顔が急に青ざめる廉介。その様子を見て、優月は、俯く。
「先生は……何も悪くない……です」
　優月は唇を噛みしめ、今にも溢れ出しそうな感情をこらえていた。
　早く、この場から逃げ出したい。
「でも、どうして……」
　廉介は、弱々しく口にする。
　先生は何も悪くない。あぁ、なぜ前世の記憶が蘇っちゃうのかな。しかも前世の飼い主だった人の目の前で……。
　気持ちが今にも爆発しそうだ。廉介の悲しそうな眼差しが胸を焦がしていく。もう無理だ。
「私と先生、二十八年前に会ったことあるんです」
「でも、君は生まれてない……」
　そう返ってくると思っていた。あぁ、何で口走ってしまうのかな……。
「前世で、飼い主と飼い犬の関係で。忘れてください。失礼します」
　あぁ、言ってしまった。信じてもらえるわけないのに。馬鹿だ、顔の熱が徐々に上がっていく。もう限界だ。
　優月は、スーツケースとリュックサックを背負い、階段を急いでおり、駆け抜けていく。

　――頭が追いつかない。混乱の渦から抜け出すことができない。二十八年前…
　　え、どういうこと…