空が大きく感じる。草木の匂いが鼻をくすぐる。私の目には、私の大切な人が所属している中学校のサッカー部の試合が映っている。その中でも、ある一人の男の子に釘付けだった。
「●●ちゃん、いい子にして、観戦するのよ!」
 うん! 分かった!
 行け、行け! ゴールに一直線!
「●●!」
 私の大切な人が、私の名前を呼びながら、走ってくる。
 お疲れ様! かっこよかった。心の中で、目線越しに伝える。
 何度見ても飽きないほど、君がサッカーする姿は息をするのを忘れるほど見惚れてしまう。
 あの日、君と出会わなかったら、私はこの世界に別れを告げていた。この景色を見ることなんて出来なかった。君との日常は、輝きに満ちていた。真っ暗な世界を歩いていた私の世界に光を照らしてくれた。幸せすぎるあまり、一度、死と隣り合わせだったから、この幸せがいつか終わることがふと怖くなってしまうことも何度かあった。
 いつ、終わるんだろうという怖さを幸せで埋めて考えないようにしていたけど、幸せな日々は突然にして終わりを迎えた。「お別れ」は、足音を立てずに肩を叩くもので、振り返った時に、この世界から立ち去らないといけないものなんだなと思った。
 でも、仕方ない。君を守ることが出来たのなら、こんな終わりも悪くないかもしれないと思い込もうとした。
 世界一かっこよくて、世界で一番愛おしいこの人に、いつかこの心の声を届けることが出来ますようにという願いは叶わなかった。この小さなからだと寿命も人間と比べれば短いし、衰えてしまうスピードも早い。何より、自分の想いをちゃんと言葉にして伝えることが出来ない。目と、唯一話せる言葉「ワン」を駆使して伝えなきゃいけない。本当は、伝えたかった…この気持ち。でも、このからだに生まれた宿命だよね。
 はぁ…ところで、私の名前って何だっただろう。こんなにも愛おしい人との記憶を覚えているのに、君が私の名前を呼ぶ時、なぜか無音になる。何だかもどかしい。私の名前って何だろう。分かったら、何かが大きく変わりそう…そんな気がする。
 君にまた会いたいな。会えたら、絶対に伝える。この気持ちを……