それを見抜いている圭は、全く話に加わる気配のない勇太から仕方なさそうに視線を剥がすと、下手に言葉を飾ることなく普通に突っ込む。
「パンチをする先生も悪いけれど、いきなり担当クラスの生徒から告白されたらビックリするよ。伝馬はそういう性格だから、即実行しただけだと思うけれど」
「駄目なのか?」
おにぎりを食べながら元気なく小首を傾げる。何となくだが伝馬もヤバい行動だったと自覚し始めている。
「うーん、ダメだね」
優しい口調ではっきりと言い切ると、圭は苦笑いする。
「本当に伝馬らしいんだけれど。猪突猛進は自分もケガをするよ」
「……あ、そうか……」
もう痛みはないのに、殴られた頬がチクリとする。
「まあ、でも黙っていたらいたらで、今度は自分がきついだろうし。仕方ないね」
圭はどこまでも他人事のように喋ると、ちょっとだけ肩を落とした伝馬にひょいと顔を近づける。
「僕は思ったんだけれど。聞く? 伝馬」
弁当の上にお箸をのせると、右手のひとさし指で眼鏡の縁を軽く押し上げる。入学式で知り合ってからまだ三月も経っていないが、普段クールな圭がその仕草をするのはとてもノリノリな時だと知っている伝馬は、黙って頷く。
「伝馬の話を聞いて僕は思ったんだけれど、副島先生、手慣れているよね」
「手慣れている?」
「そう、こういう事態に」
わかる? というように眼鏡の奥で目が鋭くなる。
「俺が先生に告白したことか」
「そう、今までもいたんじゃないのかな。というより、いたよね、絶対」
ここは男子校だからと断言する。
「先生がモテたのは間違いない。だから、断り方がパンチをお見舞いすることだったんじゃないかな。そうしないと先生自身が大変だったと思うんだ。殴られて、大体の場合はそれで終わった」
まるで事件を推理する探偵のようにすらすらと口から出すと、また眼鏡の縁を押す。
「どう、僕の見立ては」
「……ああ、うん」
伝馬はぼんやりと頷きながら、二個目のおにぎりを食べ終わって、包んでいたラップをくしゃりと丸める。全然頭になかったと思った。先生がモテるとか、他の生徒たちからも告白されたかもしれないとか。
――俺には関係ないし。
ただ自分の気持ちを純粋に伝えたかっただけで。
うーんと両手で頭を抱え込む。まさに圭が指摘した通り、猪突猛進そのものだ。
「どうしたの?! でんまー!」
すぐ側からびっくりした声が湧き起こる。
少し意気消沈していた伝馬も、そんな伝馬に声をかけようとした圭も、見事に揃って勇太を振り返る。
今まで炊き込みご飯を食べることだけが人生になっていた勇太は、そんな人生から目が覚めたような顔で心配そうに伝馬を見つめている。
「いや、勇太こそどうしたんだ?」
当然のように伝馬は聞き返す。
「え? 俺はゴハン食べ終わったよ」
こちらも、さも普通に返答する勇太である。やはり伝馬の話もその後のやりとりを聞いていない。
圭が再びお箸を握って茹でたブロッコリーを食べながら、手短に話の流れを説明する。
「伝馬は副島先生に告白したけれど、告白の仕方を間違えて落ち込んでいるんだ」
「ええ! そうなの、伝馬?」
「……いや、よくわからない」
某ホームアローンの主人公がやるキメ演技のように両手を頬っぺたにくっつけてびっくりする勇太だが、はっきりいってちゃんと理解していない。そんな勇太のリアクションから長年の経験でわかっていないことを把握する幼馴染みだが、圭のショートカットな説明にいまいち納得できないでいる。
そんなこんなな友人二人を眺めながら、本当に凸凹コンビだと感心して圭は弁当箱を空にすると、ラストを締めくくる。
「で、伝馬はこれからどうするの?」
「……どうって?」
「このままパンチをされてお終いにする?」
ちょうど昼食時間終了を告げるチャイムが鳴り響く。
「あ! 教室に戻らなきゃ!」
炊き込みご飯を食べ終わってもうお腹が満腹だからか、勇太はプラスチック製のタッパーをランチバックに突っ込んでまっさきに立ち上がると校舎へ走る。圭は呆れたような一瞥を呉れたが、手早く唐草模様の風呂敷で弁当箱を包み、勇太に続く。
伝馬もゴミを握りしめて、二人を追ってその場から駆け足で離れる。だが薄暗くよどんだ靄が心にかかって、一向に晴れなかった。
放課後、今日も一日無事に終了したと胸を撫でおろしながら職員室のドアを開けて、一成は自分の席に着く。すると隣でメールを打ち込んでいた古矢がくるりと椅子を回転させて「一成!」と溌溂と声をかけてきた。
「今日もご苦労さま! お疲れだね!」
思わず一成は口を黙らせたくてパンチしたくなったが、理性が止めてくれた。
「松本先生はいつも元気ですね」
高校時代では先輩後輩の関係で、同じ教壇に立つ立場となってもその延長線上だと認識しているらしい古矢は、一成をいまだに名前で呼ぶ。元担任の順慶をじいさん呼びする一成もその辺はうるさくはないが、古矢に対しては会話が鬱陶しいという気持ちが先に立つので、長いお喋りを牽制する意味を込めて先生呼びしている。
「そう! 今日の僕は全然駄目なんだ! どうしてか聞いてくれ!」
勿論古矢にそんなガードは効かない。俺は忙しいんだと言いかけた一成の意向などガン無視して話を始めようとしたところ、ガツン! という激しく物がぶつかる音がしてストップした。
「五月蠅い」
書類や本が積まれている机の向こう側からのっそりと顔を上げて睨んできたのは理博である。
「パンチをする先生も悪いけれど、いきなり担当クラスの生徒から告白されたらビックリするよ。伝馬はそういう性格だから、即実行しただけだと思うけれど」
「駄目なのか?」
おにぎりを食べながら元気なく小首を傾げる。何となくだが伝馬もヤバい行動だったと自覚し始めている。
「うーん、ダメだね」
優しい口調ではっきりと言い切ると、圭は苦笑いする。
「本当に伝馬らしいんだけれど。猪突猛進は自分もケガをするよ」
「……あ、そうか……」
もう痛みはないのに、殴られた頬がチクリとする。
「まあ、でも黙っていたらいたらで、今度は自分がきついだろうし。仕方ないね」
圭はどこまでも他人事のように喋ると、ちょっとだけ肩を落とした伝馬にひょいと顔を近づける。
「僕は思ったんだけれど。聞く? 伝馬」
弁当の上にお箸をのせると、右手のひとさし指で眼鏡の縁を軽く押し上げる。入学式で知り合ってからまだ三月も経っていないが、普段クールな圭がその仕草をするのはとてもノリノリな時だと知っている伝馬は、黙って頷く。
「伝馬の話を聞いて僕は思ったんだけれど、副島先生、手慣れているよね」
「手慣れている?」
「そう、こういう事態に」
わかる? というように眼鏡の奥で目が鋭くなる。
「俺が先生に告白したことか」
「そう、今までもいたんじゃないのかな。というより、いたよね、絶対」
ここは男子校だからと断言する。
「先生がモテたのは間違いない。だから、断り方がパンチをお見舞いすることだったんじゃないかな。そうしないと先生自身が大変だったと思うんだ。殴られて、大体の場合はそれで終わった」
まるで事件を推理する探偵のようにすらすらと口から出すと、また眼鏡の縁を押す。
「どう、僕の見立ては」
「……ああ、うん」
伝馬はぼんやりと頷きながら、二個目のおにぎりを食べ終わって、包んでいたラップをくしゃりと丸める。全然頭になかったと思った。先生がモテるとか、他の生徒たちからも告白されたかもしれないとか。
――俺には関係ないし。
ただ自分の気持ちを純粋に伝えたかっただけで。
うーんと両手で頭を抱え込む。まさに圭が指摘した通り、猪突猛進そのものだ。
「どうしたの?! でんまー!」
すぐ側からびっくりした声が湧き起こる。
少し意気消沈していた伝馬も、そんな伝馬に声をかけようとした圭も、見事に揃って勇太を振り返る。
今まで炊き込みご飯を食べることだけが人生になっていた勇太は、そんな人生から目が覚めたような顔で心配そうに伝馬を見つめている。
「いや、勇太こそどうしたんだ?」
当然のように伝馬は聞き返す。
「え? 俺はゴハン食べ終わったよ」
こちらも、さも普通に返答する勇太である。やはり伝馬の話もその後のやりとりを聞いていない。
圭が再びお箸を握って茹でたブロッコリーを食べながら、手短に話の流れを説明する。
「伝馬は副島先生に告白したけれど、告白の仕方を間違えて落ち込んでいるんだ」
「ええ! そうなの、伝馬?」
「……いや、よくわからない」
某ホームアローンの主人公がやるキメ演技のように両手を頬っぺたにくっつけてびっくりする勇太だが、はっきりいってちゃんと理解していない。そんな勇太のリアクションから長年の経験でわかっていないことを把握する幼馴染みだが、圭のショートカットな説明にいまいち納得できないでいる。
そんなこんなな友人二人を眺めながら、本当に凸凹コンビだと感心して圭は弁当箱を空にすると、ラストを締めくくる。
「で、伝馬はこれからどうするの?」
「……どうって?」
「このままパンチをされてお終いにする?」
ちょうど昼食時間終了を告げるチャイムが鳴り響く。
「あ! 教室に戻らなきゃ!」
炊き込みご飯を食べ終わってもうお腹が満腹だからか、勇太はプラスチック製のタッパーをランチバックに突っ込んでまっさきに立ち上がると校舎へ走る。圭は呆れたような一瞥を呉れたが、手早く唐草模様の風呂敷で弁当箱を包み、勇太に続く。
伝馬もゴミを握りしめて、二人を追ってその場から駆け足で離れる。だが薄暗くよどんだ靄が心にかかって、一向に晴れなかった。
放課後、今日も一日無事に終了したと胸を撫でおろしながら職員室のドアを開けて、一成は自分の席に着く。すると隣でメールを打ち込んでいた古矢がくるりと椅子を回転させて「一成!」と溌溂と声をかけてきた。
「今日もご苦労さま! お疲れだね!」
思わず一成は口を黙らせたくてパンチしたくなったが、理性が止めてくれた。
「松本先生はいつも元気ですね」
高校時代では先輩後輩の関係で、同じ教壇に立つ立場となってもその延長線上だと認識しているらしい古矢は、一成をいまだに名前で呼ぶ。元担任の順慶をじいさん呼びする一成もその辺はうるさくはないが、古矢に対しては会話が鬱陶しいという気持ちが先に立つので、長いお喋りを牽制する意味を込めて先生呼びしている。
「そう! 今日の僕は全然駄目なんだ! どうしてか聞いてくれ!」
勿論古矢にそんなガードは効かない。俺は忙しいんだと言いかけた一成の意向などガン無視して話を始めようとしたところ、ガツン! という激しく物がぶつかる音がしてストップした。
「五月蠅い」
書類や本が積まれている机の向こう側からのっそりと顔を上げて睨んできたのは理博である。