「それじゃあ、考えよう」
圭は伝馬と勇太を見回して、作戦会議よろしく場を仕切る。
「もう一度、伝馬が先生に気持ちを伝えるとして、どうしたらストレートパンチを回避できるか」
伝馬は口におにぎりを含みながら首をひねる。何か変に違うような。だが圭は五目御飯完食に邁進中の勇太を素通りして、伝馬へ無慈悲に投げかける。
「で、伝馬の考えは?」
で、ってどういう意味だろうと謎に感じながらも、人の良い伝馬はおにぎりを食べ終えて、ペットボトルの水を一口飲み、手でさらっと口元を拭って返答した。
「先生の迷惑にならないように伝えること……じゃないかな」
「そうだね。そのためにはどうすれば良いか、考えようか」
圭は穏やかに頬をゆるめる。見当違いに力んだ言葉が出てこなくて安心したようだ。
うん、と伝馬はペットボトルに口をつける。そこが難題なのだとわかったが、いかんせん、何も浮かばない。
「圭だったら、どうする?」
頭が良く、常識的な友人の意見こそ聞きたい。
圭は考えるまでもないというように、さらりと口にした。
「僕なら押し倒すところだけれど、仕方がないから卒業するまで待つ。その間、先生に好きな相手が出来ないように見張る」
「……」
シーンとなる。いや何を喋っているんだと突っ込みたいワードがフルスロットルで出てきた。だが圭は顔色を変えず結構な本気モードで言い続ける。
「僕ならストーカーになるかもしれない。でも自分が我慢し続けるには、それくらいやらないと将来的に後悔する」
「……いや、俺は……」
そういうことは無理だと言いそうになって、一歩手前で言葉を吞み込んだ。圭が傷つくかもしれない。しかし当の本人は風に吹かれるイチョウの木の下で、すました顔をして胡坐をかいている。
「ちゃんと自覚している、キモいってことは。でも僕はいたって普通だから」
だから大丈夫というように指先で眼鏡の縁を触った。自分のキモさを自覚しながら気持ち悪い言葉を吐き出すのは、ある意味ヤバいじゃないかと伝馬は普通に思ったが、圭との友情を壊したくなかったので黙っていた。
「あのさ」
突然第三の声が割り込んできた。伝馬も圭も同時に声がした方へ振り向く。お弁当の五目御飯に全人生をかけて食べていた勇太が、その人生を終えて空のジップロックタッパーと使い切った割り箸を両手に、満足そうに顔を丸くさせていた。
「そんなの、簡単だよ。まっすぐでいいんだよ」
「ちゃんと聞いていたの? 勇太」
圭は意地悪ではなく本心からの疑問形だ。隣の伝馬も同じく思う。それくらい五目御飯を食べることに熱中していたから。
「聞いていたに決まっているじゃん、ほら俺の耳」
勇太は首を曲げて圭に左耳を見せる。ここから聞いていたと主張したいらしい。
「伝馬はさ、ずっとまっすぐなんだから。まっすぐに、まっすぐに、向かっていけばいいんだ。どこまでもまっすぐに。それが伝馬なんだから」
満腹になったせいか、いつものひらがな口調ではない。しかしながら口元に小さな米粒がくっついていて、伝馬が自分の口元を指して教えると、勇太はひとさし指で取ってぺろっと食べた。
「まっすぐね」
圭は少し丸くなっていた背中を伸ばす。
「勇太の耳が機能していて良かったよ。珍しく感動した」
「あったり前じゃん。食べながらきちんと聞いていたって。俺食べないと死んじゃうし」
勇太の顔つきがとても重大な話であるように引き締まっているが、伝馬はとりあえず黙って聞いていて、圭は瞼を閉じて頭をかしげる。食べないと死ぬのは当たり前だろうと、どちらもリアクションに困ったような様子だ。しかし勇太は気にも留めないで伝馬へ向かって真剣に言う。
「だから、伝馬は伝馬のままでいっちゃえばいいんだよ。そのうちに先生がマイッタってなるから」
言われた伝馬が勇太の意味不明さに参ったような表情になる。どういう意味だろうと突っ込みたいが、突っ込んでも無駄なのは長年の付き合いでわかっている。
「あと、圭ちゃん。マジでキモい」
ついでというように当人を振り返って言葉で刺す。刺された圭は少しだけ頬を引き攣らせる。勇太には言われたくはないようだった。
そんなこんなでお昼休みも終わり、残りの授業も終えた頃には、伝馬は心の中で決意を強くさせていた。勇太が口にした「まっすぐに」という言葉が、不思議と鮮明に残っていた。
しかし――
伝馬は曇り空を胸内に抱えながら自転車を漕いでいく。その雲は段々と重たくなっていく。
前方にコンビニが見えてきた。立ち寄ろうかなと一瞬考えたが素通りする。コンビニで買う気力も湧かない。
次の十字路で交通量の多い基幹道路を左に曲がる。スーパーの大型店やドラッグストアなどの小売店が並ぶ通りを、気をつけながら走る。自宅まではまた距離がある。また十字路を右に曲がった。
一軒家やアパート、マンションがある住宅地に入る。道幅は狭くはないが、道路は網状になっていて今の時間帯だと歩行者や車も多い。伝馬はエコバックを片手に歩く女性を注意しながら追い越し、次に見えてきた歩行者を抜こうとして、急ブレーキをかけて止まった。
まだ周囲は車もライトをつけてはいない明るさだ。
歩いていたのは一成だった。
圭は伝馬と勇太を見回して、作戦会議よろしく場を仕切る。
「もう一度、伝馬が先生に気持ちを伝えるとして、どうしたらストレートパンチを回避できるか」
伝馬は口におにぎりを含みながら首をひねる。何か変に違うような。だが圭は五目御飯完食に邁進中の勇太を素通りして、伝馬へ無慈悲に投げかける。
「で、伝馬の考えは?」
で、ってどういう意味だろうと謎に感じながらも、人の良い伝馬はおにぎりを食べ終えて、ペットボトルの水を一口飲み、手でさらっと口元を拭って返答した。
「先生の迷惑にならないように伝えること……じゃないかな」
「そうだね。そのためにはどうすれば良いか、考えようか」
圭は穏やかに頬をゆるめる。見当違いに力んだ言葉が出てこなくて安心したようだ。
うん、と伝馬はペットボトルに口をつける。そこが難題なのだとわかったが、いかんせん、何も浮かばない。
「圭だったら、どうする?」
頭が良く、常識的な友人の意見こそ聞きたい。
圭は考えるまでもないというように、さらりと口にした。
「僕なら押し倒すところだけれど、仕方がないから卒業するまで待つ。その間、先生に好きな相手が出来ないように見張る」
「……」
シーンとなる。いや何を喋っているんだと突っ込みたいワードがフルスロットルで出てきた。だが圭は顔色を変えず結構な本気モードで言い続ける。
「僕ならストーカーになるかもしれない。でも自分が我慢し続けるには、それくらいやらないと将来的に後悔する」
「……いや、俺は……」
そういうことは無理だと言いそうになって、一歩手前で言葉を吞み込んだ。圭が傷つくかもしれない。しかし当の本人は風に吹かれるイチョウの木の下で、すました顔をして胡坐をかいている。
「ちゃんと自覚している、キモいってことは。でも僕はいたって普通だから」
だから大丈夫というように指先で眼鏡の縁を触った。自分のキモさを自覚しながら気持ち悪い言葉を吐き出すのは、ある意味ヤバいじゃないかと伝馬は普通に思ったが、圭との友情を壊したくなかったので黙っていた。
「あのさ」
突然第三の声が割り込んできた。伝馬も圭も同時に声がした方へ振り向く。お弁当の五目御飯に全人生をかけて食べていた勇太が、その人生を終えて空のジップロックタッパーと使い切った割り箸を両手に、満足そうに顔を丸くさせていた。
「そんなの、簡単だよ。まっすぐでいいんだよ」
「ちゃんと聞いていたの? 勇太」
圭は意地悪ではなく本心からの疑問形だ。隣の伝馬も同じく思う。それくらい五目御飯を食べることに熱中していたから。
「聞いていたに決まっているじゃん、ほら俺の耳」
勇太は首を曲げて圭に左耳を見せる。ここから聞いていたと主張したいらしい。
「伝馬はさ、ずっとまっすぐなんだから。まっすぐに、まっすぐに、向かっていけばいいんだ。どこまでもまっすぐに。それが伝馬なんだから」
満腹になったせいか、いつものひらがな口調ではない。しかしながら口元に小さな米粒がくっついていて、伝馬が自分の口元を指して教えると、勇太はひとさし指で取ってぺろっと食べた。
「まっすぐね」
圭は少し丸くなっていた背中を伸ばす。
「勇太の耳が機能していて良かったよ。珍しく感動した」
「あったり前じゃん。食べながらきちんと聞いていたって。俺食べないと死んじゃうし」
勇太の顔つきがとても重大な話であるように引き締まっているが、伝馬はとりあえず黙って聞いていて、圭は瞼を閉じて頭をかしげる。食べないと死ぬのは当たり前だろうと、どちらもリアクションに困ったような様子だ。しかし勇太は気にも留めないで伝馬へ向かって真剣に言う。
「だから、伝馬は伝馬のままでいっちゃえばいいんだよ。そのうちに先生がマイッタってなるから」
言われた伝馬が勇太の意味不明さに参ったような表情になる。どういう意味だろうと突っ込みたいが、突っ込んでも無駄なのは長年の付き合いでわかっている。
「あと、圭ちゃん。マジでキモい」
ついでというように当人を振り返って言葉で刺す。刺された圭は少しだけ頬を引き攣らせる。勇太には言われたくはないようだった。
そんなこんなでお昼休みも終わり、残りの授業も終えた頃には、伝馬は心の中で決意を強くさせていた。勇太が口にした「まっすぐに」という言葉が、不思議と鮮明に残っていた。
しかし――
伝馬は曇り空を胸内に抱えながら自転車を漕いでいく。その雲は段々と重たくなっていく。
前方にコンビニが見えてきた。立ち寄ろうかなと一瞬考えたが素通りする。コンビニで買う気力も湧かない。
次の十字路で交通量の多い基幹道路を左に曲がる。スーパーの大型店やドラッグストアなどの小売店が並ぶ通りを、気をつけながら走る。自宅まではまた距離がある。また十字路を右に曲がった。
一軒家やアパート、マンションがある住宅地に入る。道幅は狭くはないが、道路は網状になっていて今の時間帯だと歩行者や車も多い。伝馬はエコバックを片手に歩く女性を注意しながら追い越し、次に見えてきた歩行者を抜こうとして、急ブレーキをかけて止まった。
まだ周囲は車もライトをつけてはいない明るさだ。
歩いていたのは一成だった。