「は、はい」

 会長は、どこまでも余裕のある人だった。

 それから武田先輩や一年が歌い、室内は騒がしくなった。

 会長は、歌わずにタンバリンで合いの手を打ったり夏樹先輩と話したりしていた。たまに強引に武田先輩に付き合わされて歌わせられるときもあったけれど、一人で歌うことはなかった。人前で歌うのが苦手だからだ。

 それからあっという間に二時間が過ぎる。が、まだ武田先輩は騒ぎ足りないのか延長をした。もちろん他の人たちも楽しそうだ。俺はそれを見ながらジュースを飲んだり、ポテトを食べたりする。

 さすがにずっと室内に篭っていると暑くなった。

「すみません、少し外の空気吸ってきます」

 隣にいた会長に声をかけると、コートだけを持ってそろりと出る。

 店内から出ると、空に向かって息を吐く。

 白い息がふわっと上がり、あっという間に消える。

「ううっ、寒っ……」

 この時期の夕方は急に冷え込む。

 ちょっと油断したかも。マフラーも持ってくればよかった……

 手のひらに息をかけていると、「矢ー野くん」とふいに聞こえた声に反応して顔を向ける。

「……夏樹、先輩」
「すっごい小さくなってるね」
「外の寒さ油断してました」
「たしかに。今日は寒いね」

 話をしている間も冷たい風が吹いてきて、「ックシュ!」と、あまりの寒さに思わずくしゃみが出る。

「矢野くん、マフラーは?」
「え? あ、お店に忘れちゃって……」

 コートだけは持ってきたけど、首がすっごく寒い。もう一度、くしゃみが出るから暖をとるように両手に息を吐いていると、

「じゃあこれ貸してあげる」

 首元に暖かくて、柔らかいものが触れる。

「……えっ、先輩……」

 俺の首に巻かれたのは、先輩が今まで付けていたマフラーだった。

「な、なにしてるんですか」
「ん? だって矢野くん寒そうだから」
「だ、だからって……」

 なんで俺にマフラーを付けてくれるんだろう。

「そしたら先輩が寒いじゃないですか」
「俺は大丈夫。矢野くんが付けてていいよ」
「や、でも……」

 やっぱりこんなのおかしいと思ってマフラーを剥ごうとすると、

「好きな人に風邪引かせたくないから」

 と、はっきりと告げられる。