この世界には、知られてはいけないものはたくさんある。
 知られてしまったら軽蔑されると知っているから、みんな口をつぐむのだ。

「女装してるって知ってるのは先輩だけなので……絶対、秘密にしてくださいね」

 誰にもバレてはいけない。
 気づかれてもいけない。

「じゃあ二人だけの秘密だね」

 なぜか先輩は、嬉しそうで。

「……そう、なりますね」

 つられて俺まで表情が緩みそうになる。

「まあ俺は、矢野くんと一緒にいられるなら女装しててもしてなくてもどっちでもいいけどね」

 なんてことを言うから、意識せざるを得なくなって。

「先輩、そういうことをすぐ言わないでください……!」
「何で?」
「何でもです!」

 先輩といると気が抜けない。何を言い出すか分からないからだ。
 だけど、先輩を見ていると、いつも楽しそうな雰囲気が伝わってきて俺まで自然と笑ってしまう。

 なんだろう、これ。
 心がそわそわして落ち着かない。

「矢野くん、また顔真っ赤」
「だからっ、そういうこと言うのも禁止です……!」

 先輩がすぐに指摘するから嫌でも自分が意識してしまっていることを理解させられてしまう。そのため、全身から炎が出そうなほど熱い。

「じゃあ、可愛いって言うのもダメ?」

 先輩は、本気なのか冗談なのか分からないようなことを平気で言う。

 それにいつも振り回されてばかりだ。

 そして今日も、また。

「……だから、ダメです!」

 先輩に振り回されている。

「じゃあ言わずに思うだけは自由だよね」

 俺よりも一枚も二枚も上手な先輩に、何も言い返せないのだった。

 それからしばらく顔の火照りを冷ますために俺は窓のそばで風に当たって、それを少し離れたところから先輩がずっと見てくるから、結局効果があったのかなかったのかは分からない。