あれほど違うと言ってもなお、あのときの女装を俺だと断言した夏樹先輩。いや、そもそも、女装ではなくただの女子だと認識することもできたはずなのに、なぜ俺だと……
「えっと……」
──違う。俺じゃない、と一言言えば納得してくれるかもしれない。
そう思って顔を上げると、からかっているわけでもなく、バカにしているわけでもない、真っ直ぐな瞳が俺を見据えていた。
夏樹先輩のこの目に俺は、なぜか弱くて。
「……はい、そうです」
もうここまでくれば嘘はつけそうになかった。
「なんで女装してたの?」
二つ目の問いが現れる。
「えっと、それは……」
「俺もあのときはびっくりしたけどさ、何か理由あるのかなって思って」
と、先輩が言う。
夏樹先輩は、俺のことを笑ったりからかったりするわけではなさそうだ。
「……なんで、夏樹先輩」
「ん?」
「いや、だって、普通なら女装する男子なんてきもいってバカなんじゃないかって思うじゃないですか……」
「んー、普通とか一般的とか分からないけど、だからといって矢野くんに変わりはないじゃん」
こうなることは全然、予想できていなかった。
確実に俺の噂が学校全体に及ぶんだと思っていた。
だから、目の前の出来事に動揺を隠せなくて。
そんな俺に先輩は──
「矢野くんが人一倍頑張り屋だってこと俺、知ってるし」
──微笑みながら。
「それに矢野くんは、一度引き受けたものは投げ出さずに最後までちゃんと自分でやりとげるってことも知ってるよ」
──ちょっと得意げに。