「髪、つきそうだったから」
「……ありがとう、ございます」
なんだ今の。まるでカップルのやりとりか、と思わず恥ずかしくなって目線を下げた。
お昼を食べ終えてお腹がいっぱいになると、外をゆっくりと散策する。
先輩が『どこかお店に入る?』って聞いてくれたけれど、この格好を知り合いに見られたくなかった俺は、人混みを避けて広い公園にやって来る。
「テスト、やっと終わったね。俺、英語がかなりやばいと思うけど。矢野くんはどうだった?」
〝テスト〟という単語にドキッとしてしまう。
数日前にテストが終わったら大事な話がある、と言われたからだ。
「矢野くん?」
「あ、えっと、一応大丈夫だと思います。多分」
「えー多分なんだ?」
夏樹先輩はいつも通りなのに、俺だけが変に意識してしまっている。
「自信がないわけじゃないんですけど、点数が悪かったときがショックなんで、保険といいますか……」
女装をしているから変に意識してしまうのだろうか。
「なるほど。そういうことね」
クスッと笑っているけれど、先輩の方見れない。
すると、突然「痛っ」と何かに痛がる先輩の声が聞こえて、
「大丈夫ですか?」
顔を上げてると、夏樹先輩と目が合った。
「やっとこっち向いた」
「え? じゃあ今のって……」
「だってさっきからずーっと俺と全然目が合わなかったし、何でかなって思って気になって。だから今のわざと」
そう言ったあと、先輩は「騙すようなことしてごめんね」と優しく微笑んだ。
その表情にさえドキドキしてしまう。
「どうしてこっち見ないの?」
「そ、それは、俺が今女装してるからっていうか、その……」
「申し訳ないと思ってるってこと?」
「あ、いや、それもありますが、そうじゃないといいますか……」
この前の言葉を変に気にしている自分がいる、なんて言えずにどうしようか俯いて迷っていると、「ああ、もしかして」と先輩が俺の髪を一掬いして耳にかけたあと、
「テストが終わったら大事な話があるって言ったことを気にしてる?」
図星をつかれて、途端に恥ずかしくなった俺は、その場から逃げ出したくなって立ち上がった。
──が、逃げることができなかった。
「確かに、矢野くんに話がある」
と、先輩が俺の手首を掴んだから。
「い、今、ですか……」
「うん」
「俺、こんな格好してますが」
「どんな矢野くんでも矢野くんだから」
ますます恥ずかしくなって逃げたくなるのに、逃げられなくて。
「座って」
ベンチをポンッと叩かれる。
手首を掴まれてる以上、逃げられないので渋々腰掛ける。