「……俺が先輩との約束を破ったから……」
恐る恐る言葉にすると、
「うん、それもあるけど」
優しい表情で笑ったあと、おもむろに手を伸ばし。
「矢野くんの女装姿が久しぶりに見られたから」
と、俺がつけている髪(ウィッグ)の毛先あたりを一掬いする。
──どきっ
自分の髪の毛じゃないのに、掴まれたそこに神経でも通っているんじゃないかってくらいピリピリと痺れるようで。
「……せん、ぱい……」
思わず、息を飲む。
なんで俺、こんなにどきどきするんだ。
「矢野くん」
先輩の声がすごく優しく響く。
なんでこんなに……
「罰、どうしよっか?」
クスッと笑ったその声に、ぱちんっと意識は削がれて、
「えっ?!」
罰、どうしよう。ほんとにキス…されちゃうのかな。でも俺男だし、先輩も男で……でも今女装してる……じゃなくて!!
「えーっと……」
どうしよう、どうしよう。
先輩の言葉と声のせいで、頭が麻痺していて考えられなくなる。
そんな俺を見てクスッと笑った先輩は、
「じゃあ罰はしないかわりに、テストも終わったことだし今からデートってことで」
と、掴んだままの髪(ウィッグ)を器用に弄ぶ。
「えっ、あの、デートって……」
「せっかく矢野くんがおめかししてくれたから」
「いや、これは先輩のためってわけじゃなくて……」
「うん、それでもいいよ」
いや。俺がよくないんですけど。
──ピロリロリーン♪
「あ、タケから電話だ。ちょっとごめんね、矢野くん」
パッと髪(ウィッグ)から手を離すと、おもむろにポケットの中からスマホを取り出す先輩。
「もしもし、タケ?」
俺としゃべるときとは、少し違う声。
「あははー、ごめーん」
電話の声聞こえない。
……なに話してるんだろう。すごく気になる。
ていうか今気づいたけど、先輩制服だ。十一月に入ってから結構寒くなってきたから先輩は、シャツにカーディガンを着ている。
俺よりも大きくて頼り甲斐のある身体。
……いいなぁ、憧れる。
それなのに俺は、女装していて。
先輩と並んで歩いたら、また恋人だと勘違いされかねない……?!
「え、なに? 聞こえなーい。てことで、また明日な」
早々に電話を終わらせると、スマホをポケットにしまった先輩。