先輩に言われる言葉は、嫌じゃないんだろう。

 むしろ、恥ずかしくなる。褒められたみたいな気になってしまう。

「でも矢野、先輩といるとき嬉しそうじゃん」

 その言葉を聞いて、んぐっと息を詰まらせて、俺はゴホッゴホッと咳をする。

「ななな、なにっ言って……!」
「だって矢野、先輩のこと話してると嬉しそうっていうか、心を許してる感じするし」
「そりゃあ……一応俺の女装してるの先輩も知ってるわけだし気心知れてるけど」

 だからといって好きとかそういうんじゃなくて。

「それは先輩と後輩としてだし……」

 もちろん、先輩としては憧れている。

 ただ、それだけだ。

「じゃあ先輩のこと好きとかじゃないんだ?」
「違う! 俺は女の子が好きだから!」
「そこまで焦ると返って怪しい」
「だ…って、鳥羽が変なこと言うから……」

 恋愛対象は、女の子。

 男は、恋愛対象外だ。

 ……だから先輩にどきどきするのだって、恋としての好きじゃない。

 先輩がどきどきさせるようなことを言うだけで、べつに深い意味はない。

「ふーん、そっか」

 そうじゃなきゃ、おかしいんだ。


 ***


 家に帰り、クローゼットを開く。

 中には、姉からもらった洋服がずらりと並んでいる。

 いつも自分には自信がない。でも、女装をしているときだけは不思議と自信が持てて。

 べつに女の子になりたいわけじゃない。

 俺は、男だ。

 それに、先輩のことは好きだと思うけれど。

「……好きっていうのは人として」

 ただ、それだけだ。

 おもむろに洋服に手を伸ばす。全部、露出少なめのものばかり。スカートは長めのものがほとんどで、その大半がワンピース。

 俺が女装をしているとき、先輩は俺のことを女の子として見ているのだろうか。

「いやでも、矢野くんって呼ばれるし……」

 ちゃんと男だと理解しているよね。

「いや。でもちょっと待てよ」

 先輩が俺のことを見る目が優しい気もするような。
 甘い雰囲気っていうか、空気っていうか。普段学校では感じないような……

「──いやっ、やめやめ! こういうの考えるの良くない気がする!」

 そっちの思考に持っていかれそうになる。

 それもこれも鳥羽が、あんなこと言うせいだ!

 このまま家にいるとよくない方向に考えそう。
 ちょっと気分転換に久しぶりに着てみようかな。

 そう思った俺は、先輩に連絡することも忘れて、着替えると外に出た。