なぜか俺まで嬉しくなる。
 先輩と一緒に過ごす時間は、嫌いじゃない。

 むしろ居心地がいい。気兼ねしなくていい。先輩なのに気兼ねしないっておかしいと思うけど、ほんとに先輩といるときは良い意味で素の自分でいられる。

 俺が女装すると知っても先輩は、俺のことを軽蔑しなかった。むしろ俺のことを肯定してくれて。嬉しかった。すごくすごく。

 ──次は中央東口、次は中央東口。

 アナウンスが流れる。

 俺が降りる駅だ。

「……あの先輩、さっきの話なんですけど」

 せめて、降りる前に言っておきたい。

「どしたの?」

 きょとんとした表情で、先輩は俺を見る。

 緊張しすぎて、口が震えそうだ。

 でも、言え。言うんだ。

「俺が、その……女装するのは自信がなくなってきたときだけで、いつするかは分からないんですけど……」

 ガタンガタン、ガタンガタンッ。

 揺れる車内に、揺れる鼓動。

 聞き取れるか分からないほどにか細い声。

 自分を奮い立たせるために、かばんの紐をぎゅっと握りしめる。

「……次、女装するときも、多分……先輩の前だけです、ので……」

 先輩に聞こえてるといいな。聞こえててほしい。

 そんなふうに願いながら。

「……えっ……」

 先輩が、小さく驚いた瞬間。

 ──キキーッ、ブレーキがかかり身体は横へ倒れかかりそうになる。

 そして電車が完全に止まる前に、スクッと俺は立ち上がり、

「じ、じゃあ、それだけですので! また明日、学校で。さよならっ」

 口早にそう言うと、ぷしゅーと開いたドアに吸い込まれるように降りた俺。

 ──どきどき、ばくばく。

 うるさい鼓動が波を打つ。

 恥ずかしすぎて、後ろを振り向けずに、そしてそのままドアが閉まる。
 ガタンゴトンっと電車が進んでゆく。ホームは一気に静まり返る。

 風によって攫われる髪の毛と、熱の余韻。