「とにかくダメです!」
「どうしても?」
「どうしてもです!」
最後までこちらが折れないと「ちえー」と言いながらも渋々、駅までまっすぐ歩く先輩。
少し強引なところはあるけれど、俺の意見を尊重して決して無理強いはしない。そういうところはすごく優しくて、だから先輩には気を許せるのかも。
なんてことは、最近知ったこと。
「─あ、そういえば矢野くんに聞きたかったことがあるんだった」
ふと思い出したように先輩が言うから、
「な、なんですか?」
またよからぬことだろうかと少し身構える。
「前にさ、タケに〝可愛い顔してるじゃん〟って言われたことあったでしょ」
すると、突然そんなことを言われるから、
「げほっげほっ……!」
身に覚えがありすぎて、思わずむせてしまう。
「大丈夫?」
そんな俺を心配して、背中をさすってくれる先輩。
「す、すみませんもう大丈夫です」
俺ってば、情けない。ダサすぎる。
ちょっとのことで動揺するなんて、男らしくない。男ならもっと毅然とした態度でいないといけないのに。
「そんなことも…ありましたよね」
冷静を取り戻した俺は、あれはちょっと苦い記憶だったと思い出して、はははと乾いた笑みを漏らすと、
「あのとき矢野くん、顔真っ赤にしてたけど、あれってタケの言葉に照れたの?」
今度は予想外のことをつっこまれて、「──へっ?!」思わず声が漏れる。
な、なんで先輩、今さらそんなこと……
ていうか俺、今まで忘れてたのに先輩が思い出させるから、そのせいで急速に手繰り寄せられる記憶に。
──ぶわあっ
またあのときのように体温が上昇する。
「その顔やっぱりタケに照れたの?」
「ちちちっ、違います……」
慌てて否定をする俺。
そこまで俺は、なにを焦っているんだろう。
べつに知られて困ることはないのに。
「あ、あれは……」
そういうことじゃない。
武田先輩は、全く関係なくて。
「な、夏樹先輩がよく俺のこと、か、可愛いとか冗談で言うじゃないですか……」
俯いて、ぽつりぽつり言葉を紡いで、
「それで、なぜかあのとき、先輩のこと思い出して……」
ときおり恥ずかしくなって、口元に手を当てながら、目線は足元の少し先を辿るように。
〝照れくさい〟が心に充満して、
〝逃げたい〟が、先走りそうになる。
「じゃああれは俺のことを思い出して?」
それを認めるのは、すごく恥ずかしい。