「ダメ?」
「あ、えっと……」

 ……でも、結局〝好きな子〟ってのは誤解だって分かったし、俺が先輩を避ける理由はなくなったんだっけ。体育祭でも〝仲良い後輩〟として呼ばれたんだし。

 きっと先輩の言葉に深い意味はないんだ。

 一人勝手に納得したあと。

「いえ、大丈夫です」

 これは、先輩と後輩として一緒に帰るだけだ。

 何も問題はない。

「あ、でも会長たち待たなくてよかったんですか?」
「うん、いいのいいの。どうせタケの愚痴聞かされることになるだろうし」
「あー……」

 武田先輩が愚痴を言っている姿が想像できて、思わず苦笑い。

 夏樹先輩って意外と友達には冷たい気がする。でも先輩たちの距離って元々こういう感じだったのかな。

 うーん。でもまぁ、男同士ってあんまりベタベタしないかも。

「それに矢野くんと帰る方が楽しいし」

 たまにこうやってストレートに言われるから、聞いてるこっちが照れくさくなって。

 ──カアッと顔が熱くなり。

「そ、それは、よかったです」

 言葉に困ってしまうときもある。

 隣でニコリと笑う先輩は、なぜか気分が良さそうで。いつになくニコニコしている。

 先輩の笑っている姿は、好きだ。

 こっちまで不思議と明るくなれるから。

「テスト勉強と言えばさぁ、矢野くんは苦手な教科とかあるの?」

 駅までの道を歩いている途中、先輩がそんなことを尋ねてくる。

「苦手な教科ですか……うーん、やっぱり数学ですかね」
「数学かぁ」
「はい。高校入ってわけわからない公式とか現れましたよね。あれにいつも苦戦してます」

 なんでそんなにたくさんの公式を作るんだろうって、いつも思う。まるであれは呪文のように見える。

「矢野くん、そんなに数学嫌いなんだ?」
「嫌いっていうか、苦手なだけで……」
「えー、でも。すごく眉間にしわよってるよ」

 そう言うと、「ほら」と眉間につんっと指をさす。

 わずかにそこから熱を帯びて。

「な、何してるんですか……」

 ──どきっと、緊張する。

「なにって、しわを伸ばしてあげようと思って」

 公道でこの人は一体何をしてるんだろう。

 周りの目が気にならないのだろうか。

「もう〜、必要ないですから……!」

 ぐいぐいと腕を押し返し、慌てておでこを前髪で隠す。