「あ、そういうのあると助かりますよね。俺も購買のパンがもっと増えるといいなぁと思ってて……」
プリントを見ながら、そんなことを俺がポツリと言うと、フッと笑みが漏れて、「可愛い要望だね」と、夏樹先輩にからかわれる。
「ちょっと先輩、そういうのここで言うのは……」
俺は慌ててキョロキョロする。
周りに聞いてる人がいないかどうか確認だ。
「なにが?」
「いやっ、だから……!」
「?」
あー、ダメだ。先輩、全然気がついてない。無意識に言ってるのかな。いやっ、だとしたらそれこそ本心ってことになっちゃう……!
じゃあ先輩は本気で俺のことが好きってことになるんじゃ……いやいやっ、そんなわけないよね!!
「な、なんでもありません。それよりこれ、ありがとうございます!」
きっと、先輩のあれは違う。だって俺、男だし。恋愛対象は女子で。先輩だってそうだと思うし。男同士なんて、現実ではありえない。
「これ、明日までの回収だって」
「あ、はい。分かりました」
先輩も生徒会の一員だから、ここに来たってことで、べつにあの話をしにわざわざ来たわけじゃない。俺の勘違いだ。
ホッと胸を撫で下ろし、安堵した矢先、「あのさ、矢野くん」と先輩が小さな声で俺の名前を呼ぶ。
「なんですか?」
プリントから目を離し、顔を上げる。
「……この前のことなんだけど」
そう告げられて、〝この前〟の話に思い当たることがありすぎた俺は、「えっ……!」と過剰反応してしまう。
えっ、もしかして先輩、今ここで言っちゃうの? ここで告白?! で、でも、クラスメイトがたくさんいるのに……っ
好きって言われても先輩は、男で俺も男で。そりゃ人として尊敬してるけど、好きとはまたべつっていうか。そもそも今、違うって結論が出たじゃないか。それでいいじゃないか。
あーダメだ。俺、まだ心の準備できてないのに……
「あー……やっぱ、なんでもない」
突然、そんなことを言ったあと、
「ごめん、今の忘れて」
首の後ろに手を添えると、何事もなかったかのように笑った。
「え、っと……先輩?」
なんでもないってわけじゃなさそうだったけれど。
でも、先輩が何もないって言ってるわけだし……
「じゃーそれだけ、またね」
俺に手を振ると、先輩は去って行った。
今のは一体、何だったんだろう。
俺の心に小さな疑問が浮かび上がった。