「ねえねえ、矢野」
髪を触られるから、くすぐったくて起き上がる。
「……なに」
「あれ、お前のこと探してるんじゃないの」
鳥羽が廊下の方へと指をさすから、
「探してるって、誰が……」
わけが分からなくて、渋々身体を起き上がらせると、ある人物が目に止まる。
廊下でキョロキョロと教室を見渡していたのは、夏樹先輩だった。
「えっ……!」
うそ、やばい。なんで、こんなときに限って会っちゃうんだろう。
「──あっ」
俺に気がついたのか先輩が、真っ直ぐ俺を見つめてニコリと微笑む。軽くあげた手のひらには、何かを掴んでいるようで。
〝肉体的な関わりを持ちたい〟
──ボンッ
頭の中から湯気が出る。
「早く行ってあげれば」
そうだ。先輩が待ってるんだった。
「う、うーん……」
今顔を合わせるのは気まずい。でも……いや、今は考えるのよそう。忘れよう。
「ち、ちょっと行ってくる」
緊張した面持ちで、席を立ち上がる。
先輩のそばに近づくたびに鼓動が音を鳴らす。
「あ、矢野くん」
ドアの前で立ち止まると、「今、寝てた?」と先輩はおかしそうにクスッと笑った。
「いえ、寝てたわけじゃないんですけど……」
さっきあんな話してたから、どうしちゃっても意識しちゃうし……ていうか先輩の顔、見れない。今までは普通に見れたのに。
「矢野くん?」
言えるはずない。先輩の言葉に意識してしまってた、なんて。絶対に。口が裂けても言えない。
とにかくまずは話を聞こう。先輩、俺に用があったみたいだし。
「せ、先輩こそ、どうしたんですか? そのプリント」
「あーうん。これ、山﨑に配っておいてって頼まれてさ。校内の改善点とかもっとこうしてほしいとか要望みたいなやつだって」