──が、その矢先。

「あっ、先輩こっち来る」

 鳥羽の言葉に驚いてグラウンドを見ると、たしかにズンズンとこちらへ向かって来ている姿が視界に映る。

「えっ、な、なんで……」

 もしかして俺? いや、その考えはおかしい。なんで俺なんだよ。自意識過剰すぎる。もっと他にいるじゃん。鳥羽とか他の人とか……

 俺以外の人ってことは誰なんだろう。

 ──ズキッ

 胸に鈍い痛みが走って、思わず先輩から目を逸らす。

 なんで俺、今ズキッて……意味が分からないんだけど。それとも、先輩が誰かを呼びに来たことに対して傷ついたの?

 あーっ、どっちにしてもなんかもやもやする。この感情は一体……

「矢野くん、ちょっと来て」

 突然俺の名前を呼んだ先輩の声に、想像が弾け飛ぶ。

「えっ、お、俺ですか?」
「うん、矢野くん」

 な、なんで……?

「一緒に来てもらっていい?」

 あちこちから歓声が聞こえて、うるさい。

 けれど、低くて落ち着きのある先輩の声は、なぜかするりと耳に入り込む。

「ほんとに俺で間違いないんですか? 呼び間違いとかだったら……」

 注目を浴びていて、恥ずかしくなった俺は目線を下げる。

 けれど、先輩は。

「ううん、矢野くんで合ってるよ」

 恥ずかしがるそぶりひとつも見せずに、堂々と逞しくて。
 たった一言それだけなのに、鼓動がうるさくなるのが分かった。

「えっと……」

 先輩の言葉に動揺して、口の中が急速に乾いていく。

 クラスメイトや他のクラスから、かなりガン見される。二年の先輩がここにいたら目立つのは当然だ。