「んー、だって可愛かったから?」
「いやっ……そういうことじゃ、なくて……」
先輩の言葉にいちいち意識してしまう。
そのせいで忘れようとしていたことが思い出されて、先輩の顔を見るとブワァッと顔が熱くなる。
〝好きな子だから〟
一週間ほど前の記憶が、頭の中に浮かぶ。
先輩にとって俺は……
「そういうことじゃなくて、なにー?」
──先輩の声にハッとする。
「い、いえ、なんでもないです」
慌てて咄嗟に目を逸らす。
「ふーん、そっかぁ」
なんで俺、先輩の言葉にだけ動揺するんだろう。
恥ずかしくて、俯いてしまう。
あれからずっと先輩にどうやって接したらいいのか分からなくなって、距離を開けてしまう。
きっと先輩は気づいているかもしれない。
「──あっ、矢野くん前髪あとついてる」
おもむろに告げられた言葉に動揺して、え、と顔を上げると、すぐそばまで近づいていた手に気づき。
うわっ、やばい……っ!
思わず、ぎゅっと目を閉じる。
──ふわりと前髪に触れる小さな波。
「パン食い競走、頑張った証拠だね」
優しく丁寧に動く指先から、熱が伝って、恥ずかしくなって、息を飲む。
「今回は分からないかもね」
「な、なにが、ですか?」
「タケに言ってたよね。一年が勝つって」
「あ、あれは俺が言ったわけじゃなくて……」
弁解をしようと恐る恐る顔を上げれば、綺麗な瞳が俺を捉える。
──ドキッ
な、なんだこの、動悸。
全然、おさまらない。
「矢野くん?」
どうして俺、先輩にどきどきするんだろう。
「あ、えっと、なんでもない、です」
「ほんと? でも、なんでもないって顔してないけど」
動揺するなんておかしい。意識するなんておかしい。
「あのっ、ほんとになんでもないですから!」
俺は、女子が好きなんだ。男子は恋愛対象ではない。
きっと、鳥羽に聞いた言葉を意識してしまっているだけで先輩のことに対してどきどきしてるわけじゃない。うん、絶対にそうだ。
「矢野く──」
すると先輩の足が一歩、俺に近づいて。
「次はー、借り物競走です。選手のみなさんは、グラウンドに集まってください」
その瞬間、先輩の声を遮るようにアナウンスが入る。
あれ、でも今……
「先輩、今何か言いかけて……」
「あー…うん、それは今度でいいや」
言葉を濁した先輩は、鼻先を掻いて、
「じゃー俺、次借り物だから行くね」
いつものように微笑んだ。
どきどきはする。緊張もする。