「……もしかして先輩が俺に言ったあの言葉ってここに来るためだったんじゃ……」
「やだな。そんなわけじゃん」
「ほんとですか?」
「ほんとほんと。俺、嘘はつかないから」

 どうなんだろう。先輩が嘘をつくとは思えないけれど、冗談ならいくらでも言う人だ。

「神に誓って約束するよ」
「……なんですかそれ」

 まるで子どもじみた言い訳で丸め包められそうになる。

「とにかくね、俺、矢野くんと来れてほんとによかったと思ってるよ」

 と、嬉しそうに微笑む先輩を見て、嘘はついているようには見えなくてそれ以上何も言えない。

「そ、そうですか」

 俯いて、唇を結んだ。

 ──が、俺は思った。

「先輩、また名前……!」

 俺が指摘すると、「あ、ほんとだ」と気の抜けた声で返事をする。

「朝陽ちゃんとここに来れてよかったよ」

 そこだけわざとボリュームをあげて先輩は言う。

 その瞬間、また女子にひそひそと何かを言われた気がするが、今、女装しててよかったと心底思った。
 なぜならば、熱くなった首も耳も隠すことができているから。

 今の俺は、きっと全身真っ赤だ。


 ***


 お昼を食べ終えたあと、店内を出る。

「はーっ、お腹いっぱい」
「俺もお腹いっぱいです」
「矢野くんハンバーグ食べてたもんね」

 そう言ったあと、また思い出したようにくっくっくっと笑い出すから、

「先輩、笑いすぎです」
「だってあまりにもさっきの矢野くんとハンバーグがミスマッチすぎて……」
「あのときはどうしてもハンバーグ食べたい気分だったんです……! ていうか、この格好だからって食べ物まで変えるつもりとか毛頭ないですし!」

 女装が趣味だといっても、食べ物や意識全部を変えるつもりはない。見た目は違うけれど、中身は俺自身だ。

「いや、それは分かってるんだけど……」

 俺の言葉を聞いても、笑うのだけはやめなくて。

「矢野くんが可愛かったから」

 突然現れた言葉によって頭の中は白く抜け落ちて、

「………へ?」

 思わず、気の抜けた声が漏れる。

「あのときの矢野くんがあまりにもおいしそうに頬張るから可愛くて、何度思い出しても笑っちゃうんだよね」

 先輩は一体、何を言って……

「笑うって、おかしかったから…ですよね」
「あー、違う違う。笑っちゃうっていうのは思い出して微笑ましいからってこと」

 ……ん? 微笑ましい?