奥のテーブル席が空いていたため、そこに腰を下ろした。
……のは、よかったのだが。
先輩が優しくエスコートしてくれたからって何だよ……! なに、ちょっとそこにきゅんとしちゃってるんだよ! たしかに今、女装してるけど、だからといって男が好きなわけじゃないし恋愛対象は女子だ! あーもうっ……。
「矢野く──……朝陽ちゃん、何頼む?」
何事もなかったかのように先輩は微笑む。
「……先輩、今のは危なかったですよ」
「うん、ほんとだね。少しでも気を緩むといつもの癖で呼んじゃう。癖って危ないね」
そんなことを話していると、「あっ、ここ空いてるよ。ラッキー」と女子の団体が斜め横に座るから、ここはもはや危機的状況だ。
「今は、絶対に気をつけてくださいね」
もう一度念を押すと、
「うーん、気をつけるね」
自信なさげな軽い返事が返ってきて、ほんとに大丈夫だろうかと心配になる。
他愛もない会話をしていると、「お待たせしました」と注文していたものが届く。
「じゃー食べようか」
「は、はい」
ちらっと女子の団体を確認したあと、目の前に置かれていた、ほかほかと湯気が上がるハンバーグへと手を伸ばす。
「んー、おいしい」
ひと口食べれば、思わず頬が緩む。
すると、くっくっくっと引き笑いが聞こえるから顔を上げて、
「な、なんですか」
「いやーだってさぁ、見た目と食べ物があまり一致しないから……今すっごい女の子じゃん、朝陽ちゃん。それなのに食べてるのそれだし」
先輩が言いたいことは、分かる。
見た目がこんなんだから食べるなら普通、先輩が食べているパンケーキを俺が食べるはずだと。
でも俺は、
「今お腹の気分がこっちだったんで……」
言い訳みたいになっているのが恥ずかしくって、ハンバーグを口に放り込む。
「いや、うんっ……ふっ、くっくっくっ…」
そんな俺を見て、まだ笑いを堪えるから、
「ちょ、先輩、笑いすぎです……!」
女子の団体に聞こえないように顔をずいっと寄せて小声で言うと、
「だってさぁ、矢野くんが……」
気を抜けば、ほらまたやっぱり名前が戻ってる。
「あっ、先輩! また名前……」
「ほんとだ。ごめん」
「もう……ほんとに気をつけてくださいね」
女子の団体に俺が女装してる男だってバレるのだけは御免だ。