コホン……
拝啓、足立晴彦様
……うーん、ちょっと堅すぎるかな?
最後だからフォーマルなほうが良いかなと思ったけど、こういうのは性に合わないや。やっぱりいつも通りにするね。
ハル、念願の武道館ライブお疲れ様。
多分なんだけど、このメッセージを見ているときにはもう、私はいないかも。
なので事前にこうやって撮影してます。ハルの新しいスマホ、画質良いしストレージもたくさんあって助かるよ。頑張りすぎると発熱しちゃうみたいだけど……。
ハルに見つからないようにわざわざ深夜にこんな映像を撮ってるんだけど、……バレてないよね?
これが見つかっちゃってたらハルのことをちょっと不安にさせちゃう気がしてるから。
大切な本番前にこんなことして申し訳ないんだけど、もし見ちゃったらここで再生止めておいてね。
本当はね、ライブが終わったあとに「すごくカッコよかったよ」って言ってあげたいんだけど、ちょっとそれには間に合わなそうだからこのメッセージで我慢してくれるとありがたいかな。
……ええっと、前置きはこれくらいにして、何から話そうかな。
まずはそうだね、私が「ヒナ」としてここにいる理由からにしようか。
私ね、生きている間にどうしても叶えたいことがあったんだ。大雑把に言うと「生きた証を残したい」ってことになるんだけど、その中でも自分で曲を作って、その曲が世に知れ渡ってほしいっていう願いがあった。
私が死んでも創作物は残るかもしれないけど、何かの拍子に消えてしまうことがあるかもしれない。でも、世に知れ渡って皆の記憶に残るようになれば、ちょっとやそっとじゃ消えてなくならない。だから私は余命が宣告されたとき、何か多くの人の心に残すものを作りたいって望んだんだよね。
前に言ったかもしれないけど、創作物と一言に言っても、絵を描いたり文章を書いたり色々な手段があったと思うんだ。でも、音楽が一番良いかなと思って行動を起こすことにしたの。それで、勇気を出してギターを買って、軽音楽部に入った。
最初にハルに出くわしたときは、ちょっと陰キャラ過ぎかなーなんて思ったよ。自分も昔はそうだったのにね。笑えるよね。
でも、なんだか自己肯定感が低くて引っ込み思案なハルに、ちょっと共感しちゃったのも事実なんだ。
人と繋がろうとして一歩を踏み出すのってすごく勇気がいるし、拒絶されたらどうしようかと思うとメンタル削られるし。やっぱり難しいよ。
そんなハルが私に曲作りのことを色々教えてくれたの、素直に嬉しかった。
人に優しくできるし、作っている曲だってかなりレベルの高いものだし、なんでこんなすごい人が評価されてないんだろうなって思った。ハルにもっと近づきたいなって感じたのは、その時だったと思う。
バンドを組んでオリジナルの曲を作ってコンテストに出場する。あのときの私にしてみたら、そんなことですら偉業のように感じたよ。……だって、絶対に無理だと思ってたから。
でも奇跡が起こった。頭打ち状態だった私の人生が、ハルに出会ったことでもう一度上向きになったんだよ。
初めてのライブがコンテストの予選ライブっていうのはかなりビクビクしたんだけど、それ以上に楽しくて楽しくて、一生の思い出になった。お世辞抜きにして、そこに到達できたのはハルのおかげ。
自分の作った曲ではなかったけれど、それで満たされてしまうかのような幸福感があった。ぶっちゃけるとその時はもう生きた証として自分の曲を残さなくても、ハルが私のことをずっと覚えてくれればそれでもいいのかなって思ったりした。
だからもっとハルと一緒にいたくて、半ば強引に付き合ってもらっちゃったりしてありがとね。……私、結構ウザかったよね、ごめん。
でも付き合ってるとき、私のほうが先輩なのになんだか妹のように面倒を見てもらってる感じだったよね。まあ、案外嫌いじゃなかったんだけど。
……ってか、ハルって一人好きなのかなと思ってたけどなんやかんや構ってくれるんだよね。意外と女心わかってる……? みたいな? もしかして恋愛上手? んなわけないか、アハハ。
それで、文化祭が終わって、病室にこもりきりになって、それでもハルは毎日毎日来てくれた。わざわざ原付の免許までとってやってくるなんて、なんだかハル、めっちゃ変わったなって。あんなに引っ込み思案だったのに。
来たところで面会時間も限られてるし、デートもできないし、ほんとダメダメ彼女なのにさ、そんな私のことを好きでいてくれるおかげで、死ぬまでずっと幸せだったよ。本当にありがとう。
でも死期がせまってくるとね、だんだん不安になってくるんだ。
ハル、私が死んだ後にとっても辛い思いをするんだろうなって。
……ひどいよね、自分から巻き込んでおいて勝手に死んでいくくせに、巻き込まれたハルにはなんもしてあげられなくて、ただ傷つけて。
だからね、私はこの世に大きな未練がひとつ残っちゃった。
それはね、自分で作った曲を世に知らしめることでもなく、コンテストで勝ち上がって日本武道館でライブすることでもない。
ただ、ハルが幸せでありますようにっていう、それだけのこと。
死ぬ間際にね、あの竹島水族館で見たベニクラゲみたいに蘇ることが出来たらいいのになってちょっと考えてたんだ。
そんなことあるわけないのに、なんでもいいからもう一度ハルに会いたいって、ずっと思ってた。
そしたらね、こんな感じで戻ってこられた。ハルが私のことをずっと想ってくれていて、ずっと忘れないでいてくれたおかげだって、私は思ってる。
ハルには直接触れられないけど、ずっとそばにいられる。どこにでも行けるし、一緒に歌も歌える。もう、身に余るくらいの奇跡を君が起こしてくれたんだって、すっごく嬉しかった。
紡や凛と一緒にまたバンドを始めて、今度こそ武道館のステージに立って輝ける。引きこもって辛い思いをしていたのに、そこまで立ち直るなんてすごいよ。ハルは全然弱い人なんかじゃないんだなって、ちゃんと周りに君を支えてくれる人も出来てきたんだなって、私は嬉しかった。
だからね、そろそろ私は行かなくちゃいけないんだ。
なんとなくだけど、もうお別れがそこに来ているのがね、わかるんだよ。
今のハルはね、私がいなくなってもちゃんとやっていける。もちろん、私が消えてしばらくの間は泣いたり叫んだりして辛いかもしれないけど、前みたいに自分の世界に閉じこもったりはしないと思う。もう十分、君は強くなったんだから。
……なんか動画を撮ってるだけなのに、今まさに本当のお別れシーンを迎えてるみたいな気分になってきちゃった。まだ明日の大舞台が待っているのにね。
そうそう、言い忘れていたんだけど、よく映画とか小説とかでさ、先にいなくなっちゃう人が残された人の幸せを願って「私のことを忘れてください」なんて言うけど、私はそんなこと言わないからね。
むしろ忘れるなんて絶対に嫌。ずっとハルの記憶にも、みんなの記憶にも残ってもらわないと、私が生きた証拠にならないから。
あーでも、彼女を作るなとか結婚するなってことじゃないよ? さすがの私でもそんな重い女じゃないし。素敵な人がいたらくっつけばいいと思うし、そこで私を比較対象にしなくてもいいと思うし、ハルの意思におまかせする。ただ、欲を言えば私より数十倍素敵な人だったら嬉しいかなー。ハハハ……。
……ああ、どうしよ、泣くつもりなんて無かったんだけどな。
一回目のお別れの時は泣く余裕もなかったからかな……。二回分の涙が出てきちゃうんだ。
バーチャル世界のくせに、涙だけはちゃんと出るんだね。ハルのキャラクターデザイン、しっかりしてるじゃん。
ははっ、私が泣いてるせいか、スマホも発熱してきちゃった。せっかくハルがバイト代を捻出して変えた新機種なのに、熱暴走で壊したら悪いから、そろそろこの動画も終わりにしておかなきゃね。
――ハル、私ね、とってもとっても幸せだったよ。ありがとう。
大好きだよ。
拝啓、足立晴彦様
……うーん、ちょっと堅すぎるかな?
最後だからフォーマルなほうが良いかなと思ったけど、こういうのは性に合わないや。やっぱりいつも通りにするね。
ハル、念願の武道館ライブお疲れ様。
多分なんだけど、このメッセージを見ているときにはもう、私はいないかも。
なので事前にこうやって撮影してます。ハルの新しいスマホ、画質良いしストレージもたくさんあって助かるよ。頑張りすぎると発熱しちゃうみたいだけど……。
ハルに見つからないようにわざわざ深夜にこんな映像を撮ってるんだけど、……バレてないよね?
これが見つかっちゃってたらハルのことをちょっと不安にさせちゃう気がしてるから。
大切な本番前にこんなことして申し訳ないんだけど、もし見ちゃったらここで再生止めておいてね。
本当はね、ライブが終わったあとに「すごくカッコよかったよ」って言ってあげたいんだけど、ちょっとそれには間に合わなそうだからこのメッセージで我慢してくれるとありがたいかな。
……ええっと、前置きはこれくらいにして、何から話そうかな。
まずはそうだね、私が「ヒナ」としてここにいる理由からにしようか。
私ね、生きている間にどうしても叶えたいことがあったんだ。大雑把に言うと「生きた証を残したい」ってことになるんだけど、その中でも自分で曲を作って、その曲が世に知れ渡ってほしいっていう願いがあった。
私が死んでも創作物は残るかもしれないけど、何かの拍子に消えてしまうことがあるかもしれない。でも、世に知れ渡って皆の記憶に残るようになれば、ちょっとやそっとじゃ消えてなくならない。だから私は余命が宣告されたとき、何か多くの人の心に残すものを作りたいって望んだんだよね。
前に言ったかもしれないけど、創作物と一言に言っても、絵を描いたり文章を書いたり色々な手段があったと思うんだ。でも、音楽が一番良いかなと思って行動を起こすことにしたの。それで、勇気を出してギターを買って、軽音楽部に入った。
最初にハルに出くわしたときは、ちょっと陰キャラ過ぎかなーなんて思ったよ。自分も昔はそうだったのにね。笑えるよね。
でも、なんだか自己肯定感が低くて引っ込み思案なハルに、ちょっと共感しちゃったのも事実なんだ。
人と繋がろうとして一歩を踏み出すのってすごく勇気がいるし、拒絶されたらどうしようかと思うとメンタル削られるし。やっぱり難しいよ。
そんなハルが私に曲作りのことを色々教えてくれたの、素直に嬉しかった。
人に優しくできるし、作っている曲だってかなりレベルの高いものだし、なんでこんなすごい人が評価されてないんだろうなって思った。ハルにもっと近づきたいなって感じたのは、その時だったと思う。
バンドを組んでオリジナルの曲を作ってコンテストに出場する。あのときの私にしてみたら、そんなことですら偉業のように感じたよ。……だって、絶対に無理だと思ってたから。
でも奇跡が起こった。頭打ち状態だった私の人生が、ハルに出会ったことでもう一度上向きになったんだよ。
初めてのライブがコンテストの予選ライブっていうのはかなりビクビクしたんだけど、それ以上に楽しくて楽しくて、一生の思い出になった。お世辞抜きにして、そこに到達できたのはハルのおかげ。
自分の作った曲ではなかったけれど、それで満たされてしまうかのような幸福感があった。ぶっちゃけるとその時はもう生きた証として自分の曲を残さなくても、ハルが私のことをずっと覚えてくれればそれでもいいのかなって思ったりした。
だからもっとハルと一緒にいたくて、半ば強引に付き合ってもらっちゃったりしてありがとね。……私、結構ウザかったよね、ごめん。
でも付き合ってるとき、私のほうが先輩なのになんだか妹のように面倒を見てもらってる感じだったよね。まあ、案外嫌いじゃなかったんだけど。
……ってか、ハルって一人好きなのかなと思ってたけどなんやかんや構ってくれるんだよね。意外と女心わかってる……? みたいな? もしかして恋愛上手? んなわけないか、アハハ。
それで、文化祭が終わって、病室にこもりきりになって、それでもハルは毎日毎日来てくれた。わざわざ原付の免許までとってやってくるなんて、なんだかハル、めっちゃ変わったなって。あんなに引っ込み思案だったのに。
来たところで面会時間も限られてるし、デートもできないし、ほんとダメダメ彼女なのにさ、そんな私のことを好きでいてくれるおかげで、死ぬまでずっと幸せだったよ。本当にありがとう。
でも死期がせまってくるとね、だんだん不安になってくるんだ。
ハル、私が死んだ後にとっても辛い思いをするんだろうなって。
……ひどいよね、自分から巻き込んでおいて勝手に死んでいくくせに、巻き込まれたハルにはなんもしてあげられなくて、ただ傷つけて。
だからね、私はこの世に大きな未練がひとつ残っちゃった。
それはね、自分で作った曲を世に知らしめることでもなく、コンテストで勝ち上がって日本武道館でライブすることでもない。
ただ、ハルが幸せでありますようにっていう、それだけのこと。
死ぬ間際にね、あの竹島水族館で見たベニクラゲみたいに蘇ることが出来たらいいのになってちょっと考えてたんだ。
そんなことあるわけないのに、なんでもいいからもう一度ハルに会いたいって、ずっと思ってた。
そしたらね、こんな感じで戻ってこられた。ハルが私のことをずっと想ってくれていて、ずっと忘れないでいてくれたおかげだって、私は思ってる。
ハルには直接触れられないけど、ずっとそばにいられる。どこにでも行けるし、一緒に歌も歌える。もう、身に余るくらいの奇跡を君が起こしてくれたんだって、すっごく嬉しかった。
紡や凛と一緒にまたバンドを始めて、今度こそ武道館のステージに立って輝ける。引きこもって辛い思いをしていたのに、そこまで立ち直るなんてすごいよ。ハルは全然弱い人なんかじゃないんだなって、ちゃんと周りに君を支えてくれる人も出来てきたんだなって、私は嬉しかった。
だからね、そろそろ私は行かなくちゃいけないんだ。
なんとなくだけど、もうお別れがそこに来ているのがね、わかるんだよ。
今のハルはね、私がいなくなってもちゃんとやっていける。もちろん、私が消えてしばらくの間は泣いたり叫んだりして辛いかもしれないけど、前みたいに自分の世界に閉じこもったりはしないと思う。もう十分、君は強くなったんだから。
……なんか動画を撮ってるだけなのに、今まさに本当のお別れシーンを迎えてるみたいな気分になってきちゃった。まだ明日の大舞台が待っているのにね。
そうそう、言い忘れていたんだけど、よく映画とか小説とかでさ、先にいなくなっちゃう人が残された人の幸せを願って「私のことを忘れてください」なんて言うけど、私はそんなこと言わないからね。
むしろ忘れるなんて絶対に嫌。ずっとハルの記憶にも、みんなの記憶にも残ってもらわないと、私が生きた証拠にならないから。
あーでも、彼女を作るなとか結婚するなってことじゃないよ? さすがの私でもそんな重い女じゃないし。素敵な人がいたらくっつけばいいと思うし、そこで私を比較対象にしなくてもいいと思うし、ハルの意思におまかせする。ただ、欲を言えば私より数十倍素敵な人だったら嬉しいかなー。ハハハ……。
……ああ、どうしよ、泣くつもりなんて無かったんだけどな。
一回目のお別れの時は泣く余裕もなかったからかな……。二回分の涙が出てきちゃうんだ。
バーチャル世界のくせに、涙だけはちゃんと出るんだね。ハルのキャラクターデザイン、しっかりしてるじゃん。
ははっ、私が泣いてるせいか、スマホも発熱してきちゃった。せっかくハルがバイト代を捻出して変えた新機種なのに、熱暴走で壊したら悪いから、そろそろこの動画も終わりにしておかなきゃね。
――ハル、私ね、とってもとっても幸せだったよ。ありがとう。
大好きだよ。