「なにも覚えていないの?」
落ち着いた頃に、ママが私の顔をのぞき込んだ。
小さくうなずくと、「そうなのね」とため息を吐いた。
「私、人のいない夜の河原で頭を殴られたんです。命を狙われていたって可能性はありますか?」
「――正直言って、私にはわからないわ。ここに勤めている女の子たちはこの上に住んでいて、私もここの最上階に住んでいるけど、会うのはお店でだけだから。プライベートは干渉しないことにしているの」
「じゃあ、私のところに誰か遊びに来たりしていなかったですか?」
「それもわからないわ。お店以外は男子禁制ではあるけどね。女の子なら、家族でも友達でも出入りは自由にしているの」
ママがため息をつくように煙草の煙を吐いた。
情報が得られないのは残念ではあるけれど、きっと管理しようとしないママだから、私はこの二週間ここで暮らしていられたんだろうと思えた。
こんな、本来の自分とはかけ離れた環境で自由に暮らすことが出来ていたから。
どこかタガが外れて開放的になっていたのかもしれない。
だから、普段はしないようなファッションに身を包み、髪を染め、自分の名前さえ封印していた――――。
「理由はわからないけど。さっきも言ったわよね? ナナちゃん、先週の木曜が休みだったんだけど、その日は外泊してね。そのあとから悩んでいたみたいだったの。どこか表情も暗くて口数も少なかったわ。話を聞いてやらなきゃって思っているうちに、いなくなってしまってね」
「そう……ですか」
菜々に遺した手紙の通りなら、私は自殺をしようとしていた。
そこまで追い詰められていた何かは確かにあったということだろう。
でも、私にとってここが生活の全てでは無かったはずなのに――――?
だって、チア部では結構いいポジションを取れて、もうすぐ合宿も控えている。
早川君には短期バイトだって言っていたのだから、私はそれに間に合うように帰るつもりだったに違いない。
なのに、どうして死のうなんて考えたんだろう……?