「そうか? キッチンでもほぼ入れてたろ? 詩音ちゃん以来じゃね? ノンアル許したの」

「詩音さんって、やっぱりここにいたの?」
 
 思わず聞くと、二人の視線が私に集まった。

「知っているの? ナナちゃんが来る随分前に辞めていたのよ、あの子」
「詩音ちゃんに会ったのか?」

「昨日の夜、すぐ先の大通りにあるビルの前で声をかけられて……。原宿でスカウトされて、モデルをやっているとか」

 私の言葉に、ママと来夢さんが顔を見合わせた。

「あの子、まだこの辺を歩いているの? うちを辞めてからは青山のモデル事務所の近くに住んでいるから、真樹紅には来なくなったんだと思っていたわ」

「ま、近くまで来ていても、ここには来ねえだろ? 詩音ちゃんには黒歴史でしかないんだから」

 黒歴史――?

 そっか。今ではモデルさんだから、スナックで働いていたなんて言いたくないってこと?

 だけど、〝ジュリちゃん〟のところへ遊びに来た時に私と会ったと言っていた。
 ここにも来ていたのではないだろうか――?

 その辺りの事情が見えないから、私は余計なことを言わずに出されたソーダ水に口をつけた。

「この味……知っている……」

 どこにでもあるわけではない、独特の味をしたソーダ水だった。
 ソーダ水って甘いイメージがあるけれど、これは少し酸味があって清涼感のある爽やかな味だ。

 そして、私はこの味をよく知っていると感じたのだ。
 どこか懐かしくて、すごく好きだったような気がする。

「ライムが入ってんだ。上に乗ってるアイスもライム味」
「そりゃ、知っているわよね。ナナちゃん、これ気に入ってこの二週間、お店では裏でいつもこればっかり飲んでいたもの」

 ママがくすくすと笑ったけれど、すぐに驚いた表情に変わった。
 そのママの姿が歪んで見え、私の目から涙が零れていった。

 この味を知っていると思うのと同時に、この味がこのお店の――というより、きっとこのママの優しさを肌で感じたのだ。

「私、覚えていないんです…………」

 ボロボロと涙を流しながら、私はしゃくり上げそうになる声を絞り出した。
 すぐにママが私の横に座って両肩を優しく抱いた。

「なに? ナナちゃん。なにを覚えていないの?」

「ここいにたこと、覚えていないの。記憶がないの。覚えているのはここに来る直前の二週間前で、気づいたら佐間川の河原で……。頭を殴られて救急車で運ばれて――――」

 この人たちが信用できるのかどうかなんて知らない。
 だけど、私の心の奥底ではこの人たちを信用していたんだと確信していた。

 少なくとも私の覚えていない二週間、ここでこの優しいソーダ水を飲んでいた。
 それだけは、私の心が覚えている。