結局、ミナには自分が記憶を失くしたことは伏せたまま何も話さなかった。
だから、彼女が気になることを色々と言っていても、なにひとつきちんと確かめることができなかった。
ミナが妄想の中にいてもいなくても、私がどうして死にたかったのか、誰になんの理由で殴られたのか、そんな手掛かりを聞けたのかもしれないと思う心も大きい。
だけどそれ以上に彼女の与える印象が不安定過ぎて、その言動を信用することが難しかった。
おかげで何もわからずに終わったのだけど……。
「夕璃、スマホは部屋に置いてあったってママさんが言ってたけど。連絡先は変わったの?」
ミナの言葉で、私は行方不明だった二週間もスマホを持っていたんだと知った。
「うん。元々使っていた自分のスマホがあるよ」
「連絡先、教えてくれる?」
「もちろん」
私は快くスマホを差し出したけれど、ミナとの関係が続くということにピンと来ていなかった。
ただ、何か思い出す手がかりのためと、思い出した時のために連絡は取れるようにした方がいいんだと思った。
ミナと別れたあと、真樹紅で過ごしていた時のスマホを見たいと思った。
それに、自分の荷物も取りに行きたいと。
テディベアのルイがいないとよく眠れず、何度も目覚めてしまうのだ。
スナックShin-Raiの近くまで来てみたけれど、まだお昼だから当然お店は開いていない。
また夜に来るにしても、今日は夕方スミレと会う約束をしているから後日になってしまう。
たぶん、お店の上には自分の部屋があるのだろうけど、こっそり入るのは難しいのだろうか……?
そんなことを考えていても、足はなかなかお店の近くへ進まない。
ふと、横を通りすぎた男の人のTシャツの背中に描かれたリアルなガイコツの顔が目に入った。
彼の方も私のことを横目で見ると、確認するように振り向きながら立ち止まった。
「あっ、やっぱりナナちゃんだ」
「えっ?」
知り合い――――?
だけど、やっぱり誰を見ても見覚えはない。
頭頂が黒くなってきているオレンジに近い金髪に、皮ひもにごついガイコツの顔のついたペンダントをしたヤンキーっぽく見える風貌の人だ。
私より少し年上だろうか。それほど年齢は変わらないようにも見える。
「オレオレ、来夢! なんだよ、みんなすげえ心配してんぞ。入れって」
腕を引かれてお店の方に連れて行かれそうになる。
私は焦って、強めに彼を押して腕を引いた。
「あの、荷物を取りたいんです」
その言葉で、帰って来たんじゃないと理解したようだ。
来夢が無表情になって私を見た。
「へえ、戻ってきたわけじゃないのか?」
この人はお客さんだろうか? それとも、従業員?
私は警戒して彼から少し距離を取って離れた。
「ハハッ。そんなビビんなって。母さん呼んできてやるから、そこで待ってろよ」
笑うと意外と爽やかな人に見えた。
足早にお店の中へ入ると、「母さん、ナナちゃん来てるぞ!」と叫ぶ声が表まで聞こえた。
母さんって、このお店のママを呼んでいるんだろうか――?
中からバタバタと足音がして、すぐに細身の綺麗な女の人が出てきた。
四、五十代だとは思うけど、目だったシワもシミも無く、肌も顔立ちもきれいな人だ。
「ナナちゃん……」
私の顔を見て泣きそうな表情になりながらも、気の強そうな瞳がその涙を零さずに真っすぐこちらを向いている。
「とりあえず、中に入って」
アルトの響く声でそう言うと、私の背中を軽く押してお店の中へ招き入れた。