「もう夕方なんだ……」

 いつの間にか窓の外がうす暗く、空が赤みを帯びた紫色に滲んでいる。
 
 私はカーテンを引いて電気とテレビのスイッチをつけた。

「夕食作らなきゃ……」

 キッチンに向かったけど、冷蔵庫の中には飲み物くらいしかない。
 いつも冷蔵庫いっぱいに食材があるわけではないけれど、空っぽになることもない。

 このスカスカの冷蔵庫はまるで私が二週間もこの家に不在だったことを主張しているようだった。

 仕方がなく買い物に出ようと、つけたばかりのテレビのリモコンを手に取って電源を落とそうとした。
 ふと見たテレビ画面には、都会の夜のネオン街が映し出されている。

 はじめに目に飛び込んできたのは筒状の高いタワーのような建物だった。
 有名な建物だろうか、〝知っている〟と感じるほど見覚えがある……。

 それから景色は街中へ移り、夜空に光る電光掲示板やチラシを配っている客引きの男性、千鳥足で連れと寄りかかりながら歩く酔っ払いのサラリーマンたち、派手な格好で騒いでいる若者グループ――――。

 そんな映像を見ているだけなのに、私の身体が微細に震え、目の奥を軋ませながら涙が一筋だけ零れ落ちた。

 同時に、わけのわからない感情が溢れてくる。
 それはどこか懐かしいような、怖いような、哀しいような、でも愛しいような――――。

 恐怖があるのを感じる。
 なのに、この場所を欲している私がいる。

 その番組のタイトルを確認すると、『真夜中の真樹紅』というドキュメンタリーだった。

「今のは真樹紅の街……?」

 もしもあそこに昨日の服装をしたこの金髪の私がいても、きっと浮くことなく馴染んでいたのかもしれない。

 早川君の話では、あの日の私は真樹紅へ行くと言っていた。

 それを受けるように、この意識の奥にある忘れた記憶の私があの街にいたんだと伝えてくるみたい。

 真樹紅へ行ってみよう――!

 私はこの二週間の記憶を取り戻さないといけない。
 たとえ、死にたいと思ったのが事実でも、私はその理由を知りたいかった。

 思い出せそうで思い出せない、あの〝ジュリちゃん〟が誰なのか。
 真樹紅の街を見た時のこの激しい感覚はなんなのか。

 私は知りたいと思ってしまったのだ。