「し、詩音さんが……? どうして――――」
ママたちの話では詩音さんは面倒見のいい人で、女の子たちのリーダーをやっていたという人柄だったはず。
私とは一緒に働いていないから、恨まれるようなことがあったと思えない。
それに、M氏と関係があったなんて聞いていないけど……。
記憶を失くす前になにかあったの――――?
「なるほど。詩音さんが真樹紅にいるなんておかしいと思っていたんだ。ナナちゃんが会った詩音さんって、この人?」
来夢さんの言葉の意味がわからず、私はただうなずいた。
「そういうことか。この人はチャミさんだ」
「えっ? だって――――」
頭の中が混乱した。
チャミって、モデルになれると騙されてM氏の家に行った人――――?
M氏の組織の幹部の愛人になったとか……。
「そうよ。ミーナが怪しい動きをしていると思って見張っていたら、警察に知らせようとしているって勘づいたの。それをそそのかしているのがナナちゃんで、二人は証拠集めをしていた。冗談じゃないわ」
下を向きながら、低く小さな声でチャミが呟くように言った。
「その後もミーナの監視を続けていたら、ナナちゃんが現れたじゃない。Shin-Raiの人たちに私と会ったなんて言われたら警戒されるから、ママのお気に入りだった詩音さんの名前を出したのよ。Shin-Raiにはまだ用事があったからね」
「用事ってなんだよ」
来夢さんが私の背後から問い詰めるような口調で聞いた。
「松村さんはShin-Raiの女の子たちを横流しにしてほしかったの。ママが許さないから、私にどうにか連れて来れないかってよく言われていたの。ジュリちゃんを狙っていたんだけどね。狙い目はナナちゃんだと思って報告していたわ」
「えっ? ど、どうして? 会ったこともないのに……」
「覚えていない? ジュリちゃんの部屋に行った時に、一度だけ会っているのよ。その時に、松村さんの好みの子だと思ったの」
「なのに殴ったのか? 矛盾してねえか?」
鋭い目で来夢さんにつっこまれ、チャミさんがギュッと唇を結んだ。
そして、小さく漏らすような声を出した。
「困るのよ、警察になんて行かれたら……」
それから、私をキツい目で睨んだ。
「田舎の親は私が塔郷で好きな仕事をして輝ていると信じているのよ。こ、こんなことになっているなんて、バレたら……。私だけじゃない、私の家族だって生きていけないのよ。小さな村で噂にでもなったら……」
テーブルの上に、ぼたぼたと涙の雫が落ちていく。
私は彼女の前に座り直して、その苦しそうな泣き顔を見つめた。
「あんたの振りかざす正義が迷惑な人だっているんだから……」
記憶がないとはいえ、その言葉は胸に刺さった。
「チャミ、いい加減にしなよ。夕璃は危険を承知であたしを助けようとしているの。あんたに殴られる筋合いなんてないでしょ? 殺す気だったの?」
「殺す気があったわけじゃない。だけど、実際に殴った時には二度と起き上がらなければいいと思ったわ」
それが自分に向けられた憎悪だと思うと全身が震えてくる。
急に動悸が激しくなって、胸が苦しくなっていく。
「おいっ、ナナちゃん⁉」
「夕璃!」
視界が大きく揺れて、頭の中に来夢さんとミナの声がうるさいほどの音量で響いたと思ったら、全ての音がどんどん遠去かっていき、動悸と胸の苦しさに襲われていく。
この感覚は、恐らく恐怖だ。
これは前にもあった。
これはもう二度と味わいたくない感覚だったはず――――。