「ゆ、夕夏。それは冗談? それとも本気?」
智紀は困惑気味に聞き返した。
「俺は……本気。お前はやっぱり、迷惑か?」
もし頷いたら、潔く引き下がろう。そう思ったけど、一瞬のうちに床に押し倒される。衝撃でテーブルに腕をぶつけたけど、コップが倒れなくて良かった。……なんて呑気なことを考えた。

「あ……」

見上げる先には智紀がいる。今は“こっち”に集中しないと食われそうだ。
ずっと待ち侘びていたシチュエーション。胸の高まりがすごいけど、心臓が痛くて苦しかった。

嬉しい。だけど怖い。
触りたいけど、触ってほしくない。相反する感情が全身の動きを奪う。

誘ったのはこっちなのに、意気地無しにもほどがある。
やっぱり「嫌」って言ったらどうなる? もし、彼が強引に迫ってきたとして。恋人相手に、誰かに助けを求めるのか?
こんな時にこんなことを考えてる。俺は、最低だ。智紀が大好きなのに、信じたいのに、……そんな自分も信じられない。
「な、夕夏。俺ちょっと考えたんだ」
「え」
意識が暗い谷底に落ちかけた時、智紀の明るい声で呼び戻された。何回かまばたきすると、やっぱり彼は笑ってる。

「俺に触られるの、怖いだろ。だからお前が俺に触ってよ。好きな風にしていいからさ」
「智紀……」

落ちた影に手を伸ばす。重なる温もりにもう片方の手を回し、彼を抱き締めた。
本当にあたたかい。
おかしなことに、もう恐怖はなかった。どんな場所より彼の腕の中が安心する。涙が出るほど。
「お前は……優し過ぎ。いや、俺に甘過ぎ」
「はっは、そりゃしょうがない。お前が一番可愛いもん」
こんなにも無愛想で、陰険な自分のどこが可愛いと思うのか。彼の脳内環境は本当に謎だけど、このおかげで俺は満たされてる。

「智紀は抱くのと抱かれるの、どっちがいい」
「んんん!?」
「俺はどっちでもいい。お前と繋がれんなら、どっちでも」

笑って言うと、彼はかなり迷った様子で顔を逸らした。目を伏せて少し唸ったあと、照れながら俺の方を向いて。

「……ま、いつかはお前を抱きたい」
「ははっ。素直」

もちろん。その時はよろしく。

手を繋ぎ、今度は素直に答えた。
嬉しいって素直に思えた。彼と同じ気持ちを共有できること、触れられること全て。

やっぱり怖くなんかない。彼以上に可愛い恋人なんて、きっと世界中を捜しても俺には見つけられないから。

幸せって辛いんだと初めて知った。
誰かを好きになるとおかしくなるみたいだ。


俺は智紀が好き過ぎて……本当にしんどい。