「金魚だ」

智紀の部屋は思ったより綺麗に整頓されていた。汚すと母親がうるさいらしい。
勉強机の傍に大きな水槽があり、そこには二匹の琉金が泳いでいた。水槽が立派過ぎて、逆にちょっと寂しい。
「俺も昔飼ってたな。でもあいつらの最期は……あまり思い出したくない」
「何があったんだよ……」
智紀はお菓子を広げ、「食べよう」と手招きした。柔らかい座布団に座り、彼が入れてくれたココアを一口飲む。
「あぁ、美味い」
「だろっ? 最初は皆ゴミを見るような目をすんだけどさ、飲んでみると意外に美味いんだよ」
彼は無邪気に笑ってる。
人目を気にしなくていい最高の場所、最高の時間。

どうしよう。泊まりたい。泊まりたい、あぁ泊まりたい。

……でもそれは大きな決断だ。色んな意味で爆死する可能性がある。図々しい奴だと思われるかもしれないし、節操ない奴だと思われるかもしれない。
だけども帰りたくない。ここに居たい……マジでどうしたらいいんだ。

「夕夏、俺の半生アルバム見る? 生まれは沖縄、幼稚園は一気に上がって青森。初めての転校は小学校三年ときで京都、次に大阪。それから横浜、東京って来たんだよ」
「大変だな、お前……」

智紀が棚から引っ張り出したアルバムは、各所の観光地て撮った写真がたくさん貼ってあった。思わず笑顔が引き攣る。本当に、彼のコミュ力はこの引っ越しの多さから培ったものに違いない。

俺は智紀のことをあまり知らない。家庭環境とか、これまでどんな友人がいたのかも。
「今まで仲良かった奴と、連絡とかとってんの?」
「あー、数人な。やっぱすぐに会える距離じゃないと難しいよ。電話だって、お互いのタイミングがあるし」
写真の縁をなぞりながら、彼は懐かしそうに目を細める。

「でも、元気でやってんなら別に会えなくてもいいんだ」
「……」

さらにココアを飲んで、彼の横顔を眺める。やっぱりアレだな。……こういう奴だから、どこに行っても上手くやってけるんだ。
「ねぇ、もっと教えてよ。俺、お前のこと全然知らない。趣味とか、好き嫌いとか、誕生日も」
「お? もちろんOK! 俺実は自己紹介のプロフェッショナルなんだ」
それはよく分からないけど、智紀はとても得意気に正座した。
「誕生日は五月二日、牡牛座。血液型はO型! 好きなスポーツはサッカーで、趣味はゲーセン巡り! 甘いものが好きだけど、辛いのはちょっと苦手かも。あと、恋愛経験はほぼゼロ!」