「もっとお前に触れたい」

夕夏は無表情でそう言った。やっと口を開いたかと思えば、なんつー恥ずかしいことを……。でも一応訊いてみる。
「触れたい、っていうのは……その、キス以上のこと?」
何となく空気が重いから半笑いで訊ねる。すると彼は恥ずかしそうにそっぽを向いた。

「それしかないじゃんか……」

薄暗い教室の中でも分かる。彼の顔はかなり赤らんでいた。照れてるらしい。けど。
「キス以上のことがしたいって、それはつまり、セ、セ、セッ……」
「無理に言わんでいい。つうか今のはそこまで深い意味じゃない。単純に……その、もっと抱き合ったりしたいなぁって思って」
「あぁ、健全な方か! それなら問題ナッシング!」
どうやら深読みしすぎたみたいだ。下ネタを想像したのは俺だけだったらしい。気を取り直し、俯いてる夕夏を抱き締めた。柔らかい。

「わ、ちょっと智紀っ」
「はあ……夕夏、めっちゃあったかい。このまま寝られそう」
「寝るなよ、帰るんだから」

二人はそのままうずくまり、机の下に隠れるようにして抱き合った。夜になって気温が下がり、教室の中は少し肌寒い。でも互いピッタリくっついてると心地よかった。
寒さを凌ぐというより、元からこういう生き物だった気がしてる。誰よりも近いところで、同じ熱を感じ合う関係。同じ寂寥感を分かち合う存在。
しばらく互いに目を伏せて、そのまま抱き合った。まるで微動だにしない。まるで冬眠してる生き物みたいだと、智紀は内心笑った。
やがてゆっくり離れる。とても勿体ないと思ったけど、ずっとくっついてることなんてできない。
「智紀」
夕夏は顔を上げる。唇が当たりそうで当たらない。……息だけが当たる距離で、彼は言葉を紡いだ。

「さっき言ってたことだけど。俺も、お前がいないと無理。お前がいない学校は、もう無理だ。お前にさえ会わなかったら、この先ずっと……独りでも平気だったけど」
「うん」
「ひとりで過ごすとか考えられない。俺も、本当はすごい嫉妬してる。智紀が誰からも好かれて、すぐ信頼されること……羨ましいし、誇らしいし、尊敬してるんだけど、やっぱり怖いんだ。お前が誰かと仲良く話してるとこ見ると変な気分になんだよ。ムカつくし、すげえ怖くなる。誰かに盗られちゃうんじゃないかって……」

だって、俺より性格悪いやつ中々いないだろ? と苦笑している。夕夏は、また瞼を閉じて俺の胸に顔をうずめた。