「不安?」
夕夏はさっきよりも大きな声で聞き返し、足を止める。そして振り返った。
「うん。お前がどっか行っちゃうんじゃないか、って不安」
思ってたことを率直に言うと、彼は少し驚いた顔を浮かべた。けどすぐに笑って、優しく呟く。
「どこも行かねえよ。お前がいない所なんて怠すぎる」
「夕夏……。ありがとう。もう同じ大学に行こう」
「それは保証できない」
冷たく返されたけど、すでに感涙だ。夕夏が可愛い恋人に成長してくれたこと、その全てに感謝してすれ違う人全員と握手したい。
「何だよ、何を悩んでたの?」
「夕夏が皆と楽しそうに話してるところを見てたら怖くなったんだ。悪い意味でドキドキした。俺が入り込む余地はないっていうか、もしかして夕夏にもう俺は必要ないんじゃないのかな……みたいなことを思ってた」
……そう。そしてびっくりした。
夕夏に説明してるようで、俺は自分に自分の気持ちを説明していた。声に出して言葉にするうち、知らず知らずに自分の本当の気持ちを理解していった。

俺が不安に感じていたのはこれか……。

夕夏が変わったことに困惑したのではなく、彼に必要ない、と言われることを恐れていたんだ。依存とまではいかないと思うけど、実際のところはどうだろう。なんせ初めての恋人だから、何が正しいのかも分からない。
嫉妬も不安も、どこまでが平均値でどこからが異常値なのか……わかりやすいバロメーターがあればいいのに。
そして浅ましい、と思ってしまった。自分が恥ずかしい。夕夏を支えるって決めたのに、つまらない意地を張っている。
恋人の成長を見守ることは大事。でも置いてけぼりはちょっと寂しい。

「ごめん、俺らしくないよな。俺って元気だけが取り柄なのに」

しんみりした空気を早く払拭させたくて、明るく笑う。その直後、視界が黒い影で覆われる。驚いて声を出そうとしたけど、その口は強引に塞がれてしまった。
両腕も押さえられ、吹きかけられた熱い吐息を飲み込む。突然のことだけどすぐに分かった。これは間違いなく、キス。夕夏が、学校で……。

「ぁ……っ」

顔中が火照る。思考までも煮えそうだったけど、その一歩手前で彼は離れた。そして手を引き、暗い空き教室へと向かった。
「ど、どした?」
彼は特に反応せず、何故か扉を閉めた。不思議に思いながら見つめてるとさらに奥へ連れられ、壁に追いやられる。