智紀が笑う……とその瞬間、景色が鮮やかな色に染まる。
心が弾む。
何気ない会話も特別な約束に変わる。一字一句聞き逃したくなくて、夕夏は全神経を研ぎ澄ました。

「ありがとう」

びっくりだ。こんな学校一刻も早く卒業したかったのに、今は一日でも長くここに留まっていたい。
同じ時間を過ごして同じ体験をしたい。こんなこと、彼でなければ決して思わなかった。
やっぱり、智紀はすごい。彼は特別だ。
素直で、純粋で、一途で。そんなの絶対間違ってると思ってたのに。
「すぐは無理かもしれないけど、絶対変わってみせるよ。これからは暴力も暴言も控える。いや、完全にやめる。それから人の話を聞く」
「夕夏……! そりゃ素晴らしい心掛け! 嬉しいよ。俺、素直なお前がほんっっと大好きだから!」
智紀は感動したと言わんばかりに、夕夏の両手を手に取った。
「素直? 素直がいいの?」
「もちろん、嫌いなわけないよ! 俺は素直な奴が大大大好き!!」
「そう。……分かった」
繋がっていた手が離れる。夕夏は切れ長の眼をさらに細めたが、智紀は喜びの方が勝ってそれに気付かなかった。

「そういえば夕夏、生徒会の副会長さんは何て言ってた? やっぱり、俺達が付き合ってること知って……怒ってる?」
「いいや。俺が本当に好きになった相手なら、応援するって言ってたよ」
「マジで!? 何だよ、いい人じゃん! 俺も友達になりたいなー!」
「ならなくていいよ。お前には俺がいるだろ?」
「え……っ? うん、確かにそうだけど……それ今言う台詞……?」

智紀は夕夏の笑顔に気付いて狼狽える。
これは困った習性で、未だに彼の笑顔を見ると条件反射的に身構えてしまうのだ。……何かよからぬ事を企んでいる気がして。
でも、それはきっと転校初日から根付いてしまった偏見だろう。なるべく考えないようにして、智紀はコーラを飲んだ。

すでに季節は十月。文化祭が終わればあっという間に受験のことで忙しくなる。彼と学校生活を楽しめる時間はあとわずかだ。
ならできるだけ彼を笑わせてやりたい。限られた時間で、思い出を作りたかった。
「じゃあ教室戻ろうぜ、智紀」
「あ、あぁ」
以前より声も表情も明るくなった夕夏の後を追う。
でも……思えば、そうだ。……この日からだった。
“素直”が良いと言っただけ。
しかしこれが、良くも悪くも夕夏が変わるキッカケになったんだ。