生徒会室を出て、夕夏は橙色に染まった廊下を歩いた。やはり文化祭の準備で残ってる生徒が多く、廊下では何人もすれ違った。
自分の教室に着いたあと、何となく扉に隠れて中を覗く。すると智紀の姿が見えないことに気付いた。
どこへ行ったんだろう。不思議に思って後ろへ後ずさる。
その直後、肩を掴まれた。
「七瀬、何やってんのっ?」
「うわあぁっ!」
普通に声を掛けられただけなのに、ものすごい驚いてしまった。案の定、振り返った先に立っていたクラスメイト……弥栄は、困った顔で両手を上げている。
「ごめん、別に驚かすつもりはなかったんだけど」
「いやいや、ごめん。俺がオーバーだっただけ」
慌てて首を横に振り、作った声と顔で謝る。
弥栄はにこやかに頷いたけど、ちょっと含みのある笑顔で教室の中を覗いた。
「七瀬、須賀のこと捜してたんでしょ?」
「ち、違うよ!」
「今ジュース買いに行ってる。一階の自販機だから、行ってらっしゃい!」
「違うってば……!」
全力で否定したのに、何故か背中を押されて教室から遠のいてしまった。振り返ると、弥栄は中に入ってクラスメイトと会話を始めた。これだと、何だか余計に入りづらい。
「……っ」
諦めて階段を降りた。そういえば、最近やたらとクラスメイトに話し掛けられる。もちろん文化祭のことがメインで、必要最低限の会話がほとんどだけど。
智紀を呼ぶときは必ず、俺のことも呼ぶ。そして俺を呼ぶときは必ず、智紀のことを呼ぶ。これじゃあ二人でワンセットみたいじゃんか。
腕を組んで、ひとりブツブツ文句を唱えていた。すれ違う生徒から不審な目で見られていたものの、それに気付く余裕はなかった。
やがて一階の踊り場に出ると、「あぁっ」という声が聞こえた。かなり聞き覚えのある声だ。
思わず壁に張り付き、覗くように顔を出す。角の先では、智紀が地べたに張り付いていた。
何してんだ……。
恋人の奇怪な姿にドン引きせざるを得ない。けど、転んだ感じでもない。彼は自販機の下に片腕を入れ、うーうー唸っている。
小銭を落としたんだと瞬時に悟った。
そそっかしい奴だ。呆れてため息しか出ない。何でこんなアホを好きになったんだろう。我ながら本当に不思議だった。
見てて飽きないけど……。
夕夏はその場に佇んだまま、左胸に手を添えた。