いい加減、空が夕焼け色に染まった頃。生意気な彼もすっかり元気を取り戻していた。
「チッ、何でこんなとこに一昨年の企画書があんだよ。出したんならしまえよ、クソが」
うわ。こいつほんとに口わるい。
智紀が心の中で引いていると、七瀬は書類を乱暴にファイルに綴じた。
「で。お前はいつまでそこにいんだよ」
そしてソファに座って寛いでる智紀を一瞥し、面倒そうに吐き捨てる。もう、昼間の彼の面影は一ミリも残ってない。
「あぁ、さっきの奴に謝るまで帰らないとか言う気? それなら……」
「いや。それは、まぁいいや。とりあえず」
よっ、とソファから立ち上がり、智紀は七瀬の目の前に立った。
「これから、男同士の恋愛を妨害しないって約束すればいーよ」
「はい? そっちの方が意味わかんないわ。お前に何のメリットがあんの?」
「メリットとかじゃなくてさ、単純に不愉快だって言ってんだよ。人の恋愛にチャチャ入れるとか、保険の教科書で興奮する小学生かよ」
またちょっと説教ぽくなった。七瀬のイラ度が急上昇したことは、彼を見なくても分かる。
ただ不自由と、彼を相手にするとどうしても刺々しい物言いになってしまう。
「とにかく、男同士のカップルを引き裂かない! と、約束してくれ」
「嫌だ」
「オイこら」
スッと逃げようとした彼の行く手を阻み、壁に押し付ける。体格や腕力からも、彼に負ける気はしなかった。
力で言うことを聞かせようなんて思ってないけど、ナメられまくっても困る。
「約束しないなら、俺も何するか分かんないよ」
思ったよりずっと細い七瀬の肩を、逃げられないよう押さえる。
男なのに、ムカつく奴なのに。よくテレビなんかで見るこのシチュエーション自体は、妙に意識させられた。
「怒らせたらどんな事してくれんの?」
「え? それは……」
予想外の切り返し。全然考えてなかったから回答に困る。
「えっと……暴力以外の何かだよ」
案の定アバウトなものになった。人を脅すのって難しいな……。
「ふっ。あはは、何それ。ウケる」
「こ、こっちは真剣に……」
「分かった分かった。いや、言う通りにはしないけどね。言いたいことは分かった」
七瀬は口元を手で隠し、子どもみたいな顔で笑った。
それにちょっとだけ見蕩れる。
何だ。……普通に笑えんじゃん。