ドアの鍵はかけたから、今なら邪魔は入ってこない。夕夏は低い声で続ける。
「俺も……綿貫を随分巻き込んだけど、もう終わりにするんだ。ゲイ捜しもやめるし、カップル潰しもやめる。勝手だと思う……けど、卒業までは大人しくすることに決めたんだ」
「誰にも邪魔されず、須賀君とイチャイチャしたいから?」
真弘は笑顔を浮かべながら、目の前のテーブルに片脚を乗せた。その衝撃で置いてあったカラーペンが床に転がる。
「それはさぁ、自己中とかってレベルじゃなくね? 今まで別れさせた奴らに頭下げて回るとか言うならまだ罪滅ぼしっぽいけどさ。お前が言うのはただ単に、須賀君と平和に過ごしたいからそっとしといてください、ってことだろ。それ改心したって言える?」
彼の鋭利な視線を真正面から受け、夕夏は自身の足元を見た。説教は嫌いだけど、真弘の言うことは正しい。
「がっかりだな。彼氏を手に入れた瞬間、今までやってきたこと全部忘れて逃げようとするなんて」
「悪いな、幻滅させて。元々こういう人間なんだけど、良い奴だと勘違いさせちゃってたみたいだな」
夕夏は首を横に振った。
「心配してくれてサンキュー。それから、ごめん。俺の勝手で随分振り回した」
前傾しながら頭を下げる。そして必要なファイルをいくつか手に取って扉へ向かった。
「あとお前の案、けっこう良いな。今まで傷つけた奴らに謝りに行くの……卒業までには絶対やり遂げたい」
もちろん、それで許されることじゃない。自分が奪ったのは恋人達の関係だけじゃない。限られた高校生活、その貴重な時間を奪った。
何を返せても、時間だけは返せない。一度断ち切った糸を結び直す資格が自分にあるとも思えなかった。
しかし何もせず、忘れたふりをして過ごすことは一番許されないだろう。
真弘はしばらく黙っていたが、脚を床に下ろすと夕夏の方へ歩いた。狂った笑い声が部屋に響く。
「あっはは! こんだけ言っても理解できないとか、幸せ絶頂でとうとう馬鹿になったな? 普通に考えて、お前の口先だけの謝罪なんか誰も求めてないよ!」
扉に手を付き、彼は夕夏を軽く突き飛ばす。後ろに当たった背中が痛んだ。
「なあ夕夏、今まで被害に合った奴らの気持ちを代弁してやろうか。お前の幸せそうな姿なんて見たくない。恋人と別れて卒業まで隅っこで縮まってんのを望んでます。……って、全員が口揃えて言うだろうよ」