「夕夏、どうした?」
「いや、今日はごめん。わかめ……あれ、寿司だっけ。それ食いに行く約束も断っちゃったし」
「あぁ、いいんだよ。どうしてもわかめ……いや、寿司が食べたいわけじゃなかったから」
わかめの話をしたら、また昨日の夢のことを思い出してしまった。
夕夏に別れようと告げられた、あの夢は……今日みたいなことが起きるかも、という不安が現れていたのかもしれない。
でも今回のことで、夕夏はようやくカップル潰しをやめてくれた。きっかけは何にせよ、悩み事がひとつ解消されたから結果オーライだ。

そう思ったら嬉しくて、懲りずに夕夏を個室に引き入れた。鍵をかけて、彼の唇を強く塞ぐ。意地悪だけど、抵抗できないように両腕を押さえた。……今の夕夏なら、きっと大人しくするって分かってるのに。

「ん、ん……っ」

温もりだけ求めて、ひとつになろうとしてる。キスの仕方なんて誰かに教わったことはない。ネットで真面目に調べたこともない。何が正解かなんて分からないまま、お互いの頬に手を添えた。
いやらしい糸を引いても、息ができなくても、やめることはできない。
「夕夏……っ」
もっと彼を感じたい。近くにいたくて、彼の腰に手を回す。だけどその瞬間、夕夏の顔色が変わる。俺の手から逃げるようにして、後ろの壁に後ずさった。

「……!」

手を振り払われるよりも、全力で避けられたことの方がショックを受けた。たった今まで抱き合っていたのに、ものすごい距離が空いてしまったような感覚に陥る。
俯いてるせいか、夕夏の顔は暗い。
「あ……ご、ごめん。別に変なつもりじゃなくて」
本当に、なにかする気で触ったんじゃない。
でも勘違いさせてしまうような手つきだったのかもしれない。
やっぱり急ぐべきじゃなかった……夕夏はまだ触られることに恐怖を感じるみたいだ。分かってたのに、配慮が足りなかったか。
「夕夏。大丈夫?」
「あぁ。ていうか、むしろ俺の方が謝んなきゃだよ。恋人ならこういうことすんのが普通なのに、……未だにビビってる」
彼は背中を丸めて、力なく屈む。
いつもの不敵な態度が嘘みたいだ。こういうときの夕夏は、本当に弱々しく見える。
しょうがないか……。

繊細なのは当たり前だ。触られることにトラウマがある彼は、キスひとつとったって大きな試練なんだと思う。