「もういいよ。真弘には俺が言っとくから」
夕夏は綿貫の横をすり抜け、廊下へ出ようとする。その一歩手前で再び振り返った。
「ちょっとでも悪いと思ってるなら、この部屋を片付けてくれ」
「わかりました……! こんなことで全て許してもらえるとは思ってませんが、塵ひとつ残さず綺麗にします!」

綿貫を部屋に残し、智紀も廊下へ出る。そして前を歩く彼に呆れ半分で叱った。
「お前が汚した部屋なのに、綿貫君に押し付けるなんて酷い奴だな」
「はっ! 無罪放免よりも絆が強まる。綿貫はアホだから、今頃喜んで掃除してる」
夕夏は真顔で言い切る。その根拠のない自信はある意味尊敬するけど……ずっと気になっていたことを訊いてみた。

「なあ、真弘って誰?」
「生徒会の副会長。ちょっと変わった奴だよ。敵に回すとめんどくさいかな」

そう言われて、智紀は以前弥栄と話したときのことを思い出した。夕夏と親しい、確か一年の頃から付き合いのある人物。……彼が、自分達を良く思ってないのか。

「じゃあ……そいつ、夕夏のこと好きなんじゃないの? だから俺達の仲を引き裂こうと」
「いや。好きっていうより、あいつのあれは独占欲だよ。自分の玩具が誰かに盗られるのがつまらないんだ。俺に飽きたら関わんなくなるよ」
「そうかなぁ……」
「そう。それより邪魔されたことがムカつく」

学校を出て、最寄り駅まで向かう。もう陽は沈んで夜を迎えていた。周りの暗さと比例し、智紀は高揚する。

「あぁ、嬉しいな。邪魔されてムカつくってことは、もっと俺と続きがしたかった?」
「はぁっ? 違うよ、何にせよ水を差されたらムカつくだろ……」

夕夏は何かごにょごにょ言っている。でもそれが面白い。彼なりの精一杯の抵抗のようだ。

「夕夏、ちょっと来て」

智紀は夕夏を、駅のトイレへ連れていった。そしてハンカチを水でぬらし、彼の頬の傷に当てる。
「血は止まったみたいだけど、痛い?」
「平気だよ、こんぐらい」
平然とした彼に苦笑しながら、サイフから絆創膏を取り出す。そして彼の頬に貼った。
「これでよし。俺女子力高いだろ? てのは嘘で、よく紙とかで指切るからなんだけど」
「ふぅん……。サンキュー」
夕夏は頬の絆創膏にそっと触れ、洗面台の鏡に目を向ける。無表情だけど、何か考えてるみたいだ。