彼は素直すぎる。

何度も同じことを言う。何度でも叱るし、何度でも誉める。自分には理解できない人間、だから逆に惹かれてしまう。そういうことも分かっていた。
そして歯痒く、恐ろしい。怒りと不安が入り混じり、心がぐちゃぐちゃになる。掻き乱される────。彼が誰かに傷つけられることが何よりも恐い。だから自分から早く離れないと、と思った。
でもどれだけ振り払っても、彼は掴んでくる。その手は、何度も孤独の淵から引き寄せてくれた。

青空の下、夕夏は自分の目元を袖で乱暴に拭う。

不思議だ。こんなにも誰かの前で取り乱したことはない。それこそ二年前。あの地獄の日以来だ。
けどあの日とはまるで違う。優しさを与えられている。

誰にも信じてもらえなくても良いと思った。自分も、誰も信じなければいいだけの話だ。信じた方が負けって、そう考えて生きてきたから。
自分と話した相手が何を考えてるのか、そればかり探っていた。信念はいつの間にかただの意地になって、フラフラしている。
だから彼に「好き」と言ってもらえる自分が、今一番情けなくて恥ずかしかった。その一言さえ聴かなければ、こんな話は一生、誰にも言わなかったのに。
あえて傷口を広げてまで話したのは、本当に突き放す為だったんだろうか?

違う。本当はずっと、彼に知ってほしかった。

ここまでさらけ出して、それでも自分なんかで良いのか。訊きたかったのは自分の方だ。
嫌われたくない。そんな気持ちばっかりで、本当の言葉を零した。

「俺、やっぱりもう嫌だ。……独りは……っ!」

それと同時に涙が溢れて、上手く話せない。
「なのに、ごめん……今まで……っ」
寄り掛かる俺を、智紀は支えてくれた。
あんなに痛かった胸が、それだけで痛くなくなった気がした。智紀は、安心したように笑って夕夏の頭を撫でる。

「……良かった。まだ独りが良いとか言われたらどうしようかと思った。恐れてたほどドMじゃなかったな、お前」
「違うって言ってるだろ……」

口だけは相変わらず動くけど、身体は脱力して上手く動かなかった。けど今だけは、こうして寄り掛かることを許してほしい。
いつかきっと……今度は彼を支えられるぐらい、俺の方が強くなってみせるから。