「笠置先生、生徒会室の鍵です」
「おぉ、おつかれ七瀬」

放課後、夕夏は生徒会の集まりを終えて職員室へ向かった。鍵だけ返して帰ろうとしたが、ちょうどその場に居合わせた担任教師に呼び止められる。
「そうだ! お前だけ特別に良いこと教えてやろう。明日、クラスに転校生がやってくるぞ」
「そうですか。じゃ、失礼します」
「おいおい、無関心にも程があるだろ! ……他県から来た子だけど、良い子だといいな」
「良い子でも悪い子でも、俺はかまいませんけど。どうせ一年だけの関係だし」
夕夏の素っ気ない態度に、笠置はあからさまに苦笑していた。彼は一年の頃の夕夏を知っている。テニス部の副顧問のため、彼のことは気にかけていた。部活を一年で辞めてしまったことも気になってはいたが、彼は口が固いため聞き出せない。仕方なしに、最後に一言付け足す。

「わかってる。今さら友達つくれとか言う気はないけど。……お前が誰かと笑ってるところ、また見たいよ」

他人が自分に求めてるものは、必ずしも自分が求めてるものとは限らない。

夕夏は職員室を出てからため息をついた。
数週間後には、その倍のため息をついていたけど。
「須賀、……智紀」
体育の時間、楽しそうにサッカーをしている彼を見た。彼は間違いなく、馬鹿だ。

初めて会った日に突っかかってきたことには猛烈に腹が立った。同性愛者をかばって、真剣な顔で怒鳴って、説教してきたことも。
……偽善者ぶって。同性愛者のカップルを引き離したら可哀想? 一般人が何言ってんだ。

どうせ、影では笑ってるくせに。実際に同性愛者が隣にいたら気持ち悪がるくせに。良い人ぶって邪魔をして、それで誰かに感謝されると思ってんのか。

皆自分さえ良ければいいんだ。中途半端な優しさなんて、自分も周りも不幸にする。だからサッカー部の部長にもすぐ目を付けられただろ……。

いい加減懲りて、そのお人好しをなおせばいいんだ。でないとまた同じ目に合う。

────怖い思いをする。

今度は誰も助けに来ないかもしれない。どれだけ叫んでも暴れても、助けてくれる奴なんて現れないかもしれない。
そうなった時に辛い思いをすんのはお前なんだ。
それを分かってほしい。人の心なんて本当に、踏みつけたら簡単に弾け飛ぶ風船だ。
だから今は……異性とか同性とか、他人とか友人とか関係なしに、あいつのことが心配なんだ。