今までも何度か掴んだ手首は細くて、力加減に戸惑う。
というか、ダメだ。こんな顔させるつもりじゃなかったのに。
「夕夏」
唇に触れると、彼はビクッと身体を震わせた。
「怖い?」
「そんな……わけ……」
途切れ途切れに零れ落ちる声は力なく震えている。目も合わせない。確実に彼は怯えていた。
やめなきゃ。ここでやめなきゃ大変なことになる。自分で作り出した状況とはいえ、これは本当にまずい。もう笑って済ませられるレベルを超えてるような。でも……。
それならそれでいいと思った。
笑えなくていいから、今だけ………。
気付けば一歩踏み出して、彼の唇を塞いでいた。
感じたことは特に無い。ひたすら“無”だ。頭が空っぽになってる。そして全てが止まった。今感じてる音も、光も、時間も、何もかもが。
とにかく、こんなのは初めての経験で……正直どうしたらいいのか分からなかった。
現実世界じゃ一秒。体感的には十秒。
夕夏にキスをした。
一歩退くときにイマイチ上手く足が上がらなくて、踵の引き摺る音が廊下に響いた。
「えーっと……」
そして覚悟はしてたけど、津波の様に押し寄せる羞恥心と後悔の念。
やっちまったー……!
泣きたいし逃げたくなるけど、ここは腹を括って彼に向き合わないといけない。そう思って、心の奥底に仕舞っていた言葉を引き出そうとした。が、
「夕夏!?」
力が抜けたようにその場に崩れ落ちる彼を、慌てて支える。
「おい、大丈夫か!?」
さっきまであんなに暑そうにしてたのに、触れた手はすごく冷たい。いつになく弱々しい彼の姿に心臓が止まりそうになる。
助けを呼ぼうにも周りに人はいない。思わず目の前がぼやけそうになったけど、いつもの人を小馬鹿にしたような笑いが聞こえた。
「……何泣きそうになってんだよ、バカ。ちょっと目眩しただけだって」