はぁ……。
重い心情のまま夕夏は生徒会室を出た。とても仕事をする気にはなれず、無理やり家に帰ってやった。
解放されたと同時に、真弘が言っていた言葉を思い出す。
「期待させるだけさせて、きっとあいつもお前から離れてくよ。それならまだ、自分から離れた方が傷つかない。わかるよな?」
彼は別れ際にそう言った。こっちが傷つかないようにあれこれ思案を巡らしてるみたいだけど、それも信用できない。だからまた思い出してしまった。
『夕夏のことが好きなんだ。俺と、付き合ってくれないかな』
あれは二年前の夏の日。
ドキドキした。高校に入って初めてされた告白。
同性愛者の自分にとって、男子校は夢の場所だった。何でか分からないけど、何かが許された気がした。同性からの告白も、そのひとつ。
『はい。お願いします』
なんて。甘い言葉にのったのは、まだ何も知らないガキだったから。
その結果は……?
悲惨だ。笑えるぐらい酷いものだった。
思い出すだけで吐き気がする。恋愛に、じゃない。男と、人と二度と関わりたくないぐらいの気持ちに苛まれた。
カレンダーから消した“あの日”。
ある事件が起きてから、独りぼっちになるのは早かった。あの噂が流れたせいだ。
『何か七瀬のやつ、一方的に先輩達に喧嘩売ったんだって。馬鹿だよな、弱いくせにイキがっちゃって』
根も葉もない噂が伝播する。どれだけ大人しくしても、俺に関する話は聞こえてきた。何もしなくても、そこにいるだけで責められる。
事実をすり替えられても、誰も俺の言うことは信じてくれない。
苦しかった。この怒りと苦しみから解放されたいと願った。
そうだ。いっそもっと嫌われてみよう。きっと、大人しく暴言を吐かれていた時と何も変わらない。
そう思い立ってからは自分勝手に振舞った。たくさんの同性愛者の生徒を暴いて、引きずり出した。やられたらやりかえした。
それで何か変わったかと言われれば、答えはNOだ。せいぜい俺を見る目の種類に恐怖が足されたぐらい。
俺はこれからもずっと、こうやって生きていく。
──── ……。
だけど、もういい加減限界だった。
人を傷つけるのは意外と体力がいる。強いメンタルがいる。
それは人を傷つけて初めて知ったことだ。
誰にも助けを求めてはいけない。
助けてくれないから。……そう思っていたのに。
何回やめろっつっても名前を呼んでくる。あいつだけは、俺の中に遠慮なく入って手を差し伸べてきた。