横を見ると、いつの間にか生徒が数人立っていた。そして遠巻きに話している。

「なになに、喧嘩?」
「あれ、七瀬だよな。この前二年が噂してたけど、まーた何かやってるよ」

耳に入る声が、本来の自分を忘れさせる。

真弘に向かって伸ばしていた手が震え始めた為、隠すように自分の方へ引っ込めてしまった。
「いてて……ごめんって、夕夏。今のは、強引すぎた」
彼はゆっくり立ち上がると、腰についた埃をはたいて頭を下げた。
「いやなこと思い出させちゃったかな。本当に、ごめん。とりあえずここじゃなくて、どっか……生徒会室に行こう」
真弘は夕夏の腕を掴んで歩き出す。その途中、さっきの生徒達に振り向いて声を掛けた。

「あぁ、そうそう。別に喧嘩してたわけじゃないから心配しないでね。ちょっとふざけてただけ。な、夕夏」
「……」

わざとらしいと思ったが、あえて事を荒立てる必要はない。黙って頷いた。彼はそれを満足そうに眺めると、生徒達を抜かして先を歩いた。
生徒会室に着くと、彼は一番に鍵をしめた。
今度は優しく抱き締めてくるだけ。他意はなさそうだ。

「怖い思いさせるつもりはなかったんだ。ごめんな」
「もういい。だから離れろ」
「分かったよ。須賀以外には触られたくないんだもんな」
「だから……!」

すっかり怒りの方が顔を出し、力ずくで彼の腕から逃げ出した。

「はは、あいつのこと意識してるくせに。お前が惚れっぽいのは昔からよく知ってるよ? 誰よりも恋愛体質で、ビビりで、純粋。けどそんなの、俺だけが知ってればいい」

真弘はソファの肘掛けに腰を降ろし、オーバーに肩を竦める。やっぱり、この空間も居心地が悪い。もう彼と居ると息が詰まってしょうがなかった。
真弘は同性愛者だ。しかし誰かひとりに執着してるようなところは見たことがない。いつも遠くから楽しむだけで、今までも俺のすることに文句もつけず黙って見ていた。それがここにきて酷い絡みようだ。

「お前のクラスの奴らに聴いたよ。確かに須賀は評判良いけど、あんまり信用し過ぎないようにな。信じて裏切られて、また傷ついて。二年前と同じ思いはしたくないだろ?」

正直、話してて嫌になる。でも、彼は自分の秘密を知る人間。
俺が同性愛者だと知る、唯一の人物。
だから完全に突き放すことができずにいた。